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第7話 偽りの聖女と、勘違いの使者

 エルロード王国の惨状は、日を追うごとに悪化していた。

 竜による火災は鎮火したものの、焼失した食料庫の影響で飢饉が始まり、さらに衛生環境の悪化から、謎の奇病が流行し始めていたのだ。


 王城の一室は、急ごしらえの治療院となっていた。

 ベッドに横たわる兵士や貴族たちは、高熱にうなされ、肌には不気味な黒い斑点が浮かんでいる。


「ミーア! まだか! 早く治癒の奇跡を!」


 ジェラルドが焦燥しきった声で叫ぶ。

 ミーアは患者のそばに立ち、両手を組んで祈りを捧げていた。


「大丈夫です、神様は見ています……痛みよ、飛んでいけぇ~っ♡」


 可愛らしい声と共に、淡いピンク色の光が患者を包む。

 苦しんでいた患者の表情が、ふっと和らいだ。


「おぉ……! さすがミーアだ! 効いているぞ!」


 ジェラルドは歓声を上げた。しかし、それも束の間だった。

 数分もしないうちに、患者は再び激しく痙攣し、口から泡を吹いて白目を剥いたのだ。


「な、なんだ!? どうなっている!」

「い、いやぁ! 私の祈りが効かないなんて!」


 治療にあたっていた医師が、絶望的な顔で首を振った。

「殿下……ミーア様の力は『一時的な高揚感』を与え、痛みを麻痺させているだけです。病そのものを治す力はありません……!」


「なっ……なんだと!?」


 ジェラルドは愕然とした。

 ミーアの力は、ただの「痛み止め」や「興奮剤」と同じだったのか。根本的な解決には何一つなっていなかったのだ。


 その時、医師がボソリと呟いた。

「以前、セフィア様がおっしゃっていました。『今年の夏は、黒い斑点の病が流行るから、薬草を蓄えておけ』と……。あの時、その言葉を信じていれば……」


「黙れ! セフィアの名前を出すな!」


 ジェラルドは医師を怒鳴りつけたが、その額には脂汗が滲んでいた。

 竜の襲撃、食料庫の焼失、そしてこの疫病。

 すべて、セフィアが以前に警告していたことばかりだ。


(あいつがいれば……あいつの予言があれば、こんなことには……)


 後悔ではない。湧き上がってきたのは、身勝手な怒りと執着だった。


「そうだ……セフィアは俺の婚約者だ。ちょっとした喧嘩で家出をしているに過ぎない」


 ジェラルドは歪んだ笑みを浮かべた。

 隣国にいるという情報は掴んでいる。あの冷徹な皇帝に拾われたらしいが、セフィアのことだ、きっと心細く思い、俺からの迎えを待っているに違いない。


「おい、筆と紙を持て! 帝国へ親書を送る!」


「で、殿下? まさか……」


「セフィアの帰国を命じる! 『今すぐ戻れば、これまでの無礼を許し、側室として迎えてやる』と伝えろ! あいつも祖国がこんな状況なのだ、泣いて喜んで戻ってくるはずだ!」


 狂気じみたポジティブ思考。

 周囲の側近たちは顔を見合わせたが、暴走する王太子を止められる者はいなかった。

 こうして、エルロード王国の「使者」が、帝国へと放たれたのだった。


   ◇ ◇ ◇


 一方、そんな泥沼とは無縁のヴォルグ帝国・帝都。

 私はライハルト様と共に、お忍びで城下町の視察――という名のデートに来ていた。


 変装のため、ライハルト様は伊達眼鏡をかけ、私はフードを目深に被っている。


「ほら、あそこの串焼きが美味そうだ。食うか?」

「ライハルト様、さっきクレープを食べたばかりですよ?」

「お前はもっと肉をつけろと言ったはずだ」


 彼は強引に屋台で串焼きを買うと、フーフーと冷まして私の口元へ差し出してきた。

 周りの人が微笑ましそうに見ている。恥ずかしいけれど、幸せで胸がいっぱいになる。


 通りには笑顔が溢れていた。

 この国には、理不尽な飢えや、予期せぬ災害への恐怖がない。

 それは皇帝である彼が、常に最悪の事態を想定し、準備を怠らないからだ。そして今、私の「声」がその準備を完璧なものにしている。


「……セフィア」


 不意に、ライハルト様が足を止めた。

 露店のアクセサリー売場の前だ。彼は一つ一つを真剣な目で吟味すると、銀細工の髪飾りを手に取った。

 氷の花を模した、繊細で美しいデザインだ。


「これをくれ」


 彼は金貨を置くと、その場ですぐに私のフードを少しだけめくり、髪にそれを挿した。


「あ……」

「やはり似合うな。お前の銀髪によく映える」


 彼は満足そうに微笑むと、私の耳元で低く囁いた。


「これは『俺のもの』だという証だ。……誰にも渡さないし、どこへも行かせない」


 その言葉に込められた独占欲が、今はただ愛おしい。

 元婚約者からは一度だって贈られたことのない宝石。かけられたことのない優しい言葉。


「はい……私はどこへも行きません。ライハルト様のそばが、世界で一番安全で、幸せな場所ですから」


 私は彼の腕にギュッと抱きついた。

 この幸せな時間が、まもなくやってくる「招かれざる客」によって波乱を迎えることなど、今の私は知る由もなかった。

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