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第6話 猛将の疑念と、崩落する渓谷

 翌朝、私はライハルト様に連れられ、帝国軍の最高幹部が集まる「軍議の間」へと足を踏み入れた。

 重厚な円卓を囲むのは、歴戦の猛者たち。その鋭い視線が一斉に私に向けられる。


「陛下。……その華奢なお嬢さんが、噂の『軍師』殿ですか?」


 口火を切ったのは、熊のような巨漢の男だった。

 帝国軍第一師団長、ガゼル将軍。顔に大きな古傷があり、その威圧感だけで常人なら失神しそうだ。


「そうだ。彼女がセフィアだ」

「はっ! 陛下のご判断にケチをつける気はありませんが……」


 ガゼル将軍は鼻を鳴らし、私を値踏みするように睨んだ。


「エルロード王国から拾われた、追放令嬢だとか。そんな小娘に、我ら帝国軍の命運を左右する作戦立案ができるとは思えませんな。戦場は遊び場じゃねえんです」


 他の将軍たちも、無言で同意している。

 無理もない。彼らは実力で今の地位を築き上げた武人たちだ。「神の声が聞こえる」などというオカルトじみた話を、いきなり信じろという方が無理なのだ。


 私は小さくなりかけたが、昨夜のライハルト様の言葉を思い出した。

 『お前の声は絶対だ』。

 そうだ。私の予言は、彼を救った。だから、堂々としていればいい。


「ガゼル。口を慎め」


 ライハルト様の声が温度を失う。だが、ガゼル将軍も引かない。


「いいえ、言わせていただきます! 現在、我々は南方の鉱山ルートを開拓中だ。部下たちが命がけで切り拓いた道に、この娘の気まぐれな占いでケチをつけられてはたまりません!」


 ガゼル将軍は、卓上の地図をバンと叩いた。

 そこには、今まさに彼の部隊が進軍しようとしている「赤岩の渓谷」が描かれていた。


「このルートは地盤調査も済んでいる。最短距離で鉱山へ行ける安全な道だ。すでに先遣隊を出発させた。この判断に間違いはない!」


 その瞬間だった。

 私の頭の中に、砂が擦れるような乾いた音が響いた。


――『巨人の喉が渇いている。水を飲もうとして、大きく口を開けるぞ』


 神託だ。

 私はハッと地図を見た。

 「巨人の喉」……それはこの切り立った渓谷のこと。「水を飲もうとする」ということは……。


「止めてください!」


 私は叫んでいた。


「今すぐ、先遣隊を引き返させてください! その渓谷……崩れます!」


「あぁ?」

 ガゼル将軍が眉間の皺を深くする。

「崩れるだと? 馬鹿を言うな。昨日は快晴、今日も晴れだ。地盤は安定していると報告を受けている!」


「雨ではありません! 地下水脈です! 地下の水脈が変化して、空洞ができています。人の重みがかかれば、谷底ごと崩落します!」


 私の言葉に、会議室が静まり返る。

 しかし、ガゼル将軍は顔を真っ赤にして激昂した。


「ふざけるな! そんな妄想で、重要な作戦を止められるか! 俺の部下は精鋭だ、そんな間抜けな事故には……」


「ガゼル」


 それまで黙って聞いていたライハルト様が、静かに、しかし絶対的な響きを持って名を呼んだ。


「通信機を使え。先遣隊を止めるんだ」

「へ、陛下!? 本気ですか?」

「俺はセフィアを信じる。……もし何も起きなければ、俺が詫びよう。だが、もし彼女の言う通りなら、お前は部下全員を生き埋めにするところだったんだぞ」


「くっ……!」


 皇帝にここまで言われては逆らえない。ガゼル将軍は渋々、通信魔道具を起動させた。


「……総員、進軍停止。その場から退避せよ。繰り返す、退避せよ!」


 通信機の向こうから、隊長たちの困惑した声が聞こえる。「何もありませんが」「安全です」という報告が入る。

 ガゼル将軍が勝ち誇ったように私を見た、その時だった。


 ズズズズズ……ッ!!


 通信機越しに、地鳴りのような音が響いてきた。

 次の瞬間。


『うわぁぁぁぁッ!?』

『崩れるぞ! 下がれ、下がれぇぇッ!!』

『道が! 道が消滅しました!!』


 絶叫と轟音が、会議室に響き渡る。

 ガゼル将軍の顔から、一瞬で血の気が引いた。


「な、なんだと……!? おい、状況を報告しろ! 無事か!?」


『は、はい! 間一髪でした……! 停止命令のおかげで、最後尾の荷馬車一台が巻き込まれただけで済みました。もし進軍を続けていたら……本隊ごと谷底でした』


 通信機の向こうの隊長の声は、恐怖で震えていた。

 ガゼル将軍は力が抜けたように椅子に崩れ落ち、呆然と私を見上げた。


「……地下水脈の、空洞化……。地盤調査でも見抜けなかったものを……あんた、本当に予知したのか……?」


「聞こえたものを、お伝えしただけです」


 私が淡々と答えると、ガゼル将軍はガタリと席を立ち、私の前まで歩いてきた。

 殴られるのかと身構えたが、彼はその巨体を折り曲げ、深々と頭を下げたのだ。


「……申し訳、ありませんでした!」


 床に額がつきそうなほどの最敬礼だった。


「俺の部下百名の命は、貴女様のおかげで救われました。無礼な口を利いたこと、どうかお許しください。……セフィア様、いや、軍師殿!」


 その言葉を皮切りに、周囲の将軍たちも一斉に私を見る目が変わった。

 侮蔑や疑念は消え去り、そこにあるのは「畏敬」と「称賛」。


「よくやった」


 ライハルト様が、満足げに私の肩を抱いた。


「見たか。これが我が国の新しい『目』だ。これでもまだ、彼女を追放令嬢と呼ぶ者がいるか?」


「滅相もございません!!」


 将軍たちの野太い声が揃う。

 私はライハルト様の体温を感じながら、この国で初めて、自分の居場所を確固たるものにしたのだった。

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