エピローグ 幸福な予言と、受け継がれる光
あれから、三年という月日が流れた。
エルロード王国が地図から消えた後、その領土はヴォルグ帝国と周辺諸国によって分割統治されることになった。
かつて私を「魔女」と呼んで石を投げた人々はもういない。生き残った民たちも、今では帝国の手厚い保護の下、新しい生活を営んでいるという。
そして私もまた、新しい人生を歩んでいた。
「セフィア。風が冷たくなってきた。羽織るものを持ってきたぞ」
皇宮の広い庭園で日向ぼっこをしていると、背後から愛しい声がかかった。
振り返れば、皇帝ライハルト様が、柔らかな毛布を手に立っている。
その瞳にあるのは、出会った頃の冷徹さではない。溶けるような甘い愛情だ。
「ありがとうございます、あなた。でも、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「駄目だ。お前の身体は、国の至宝だからな。それに……」
彼は私の隣に腰を下ろすと、少しだけふっくらとした私のお腹に、そっと大きな手を添えた。
「こいつも、風邪を引いたらかわいそうだ」
そう、私のあの中には今、彼との新しい命が宿っている。
かつて「不吉だ」「呪われている」と蔑まれた私の血が、こうして愛する人との間に受け継がれていく。それが何よりも嬉しかった。
「きゃっ、きゃっ!」
その時、庭の向こうから元気な笑い声が聞こえてきた。
銀色の髪を揺らして駆け寄ってきたのは、二歳になる長男のシオンだ。
「ままぁ! ぱぱぁ!」
「おお、シオン。元気だな」
ライハルト様はシオンを軽々と抱き上げ、高い高いをする。
厳格な皇帝として恐れられる彼が、家族の前でだけ見せるこのデレデレな顔。国民が見たら腰を抜かすかもしれない。
「ぱぱ、あのね! お空が、笑うよ!」
シオンが空を指差して、不思議なことを言った。
まだ言葉も拙いけれど、この子は時々、私と同じように「何か」を感じ取ることがある。
「空が笑う?」
「うん! キラキラして、笑うの!」
その直後だった。
雲間からサーッと陽が差し込み、遠くの噴水に光が反射して、空に大きな虹がかかったのだ。
「……ほう」
ライハルト様は目を丸くし、それから豪快に笑った。
「素晴らしい予言だ。母親譲りの才能だな、シオン」
「えへへ~」
「セフィアの予言は『危機』を告げるものだったが、この子は『幸福』を告げるようだ。……いや、違うな」
彼は私を振り返り、優しく微笑んだ。
「お前が幸せだからだ、セフィア。母親であるお前の心が満たされているから、この子は世界を美しく予見できるんだろう」
その言葉に、胸が熱くなった。
私の予言が不吉だったのは、私が不幸だったから?
もしそうなら、今の私に聞こえる「声」は――。
私は耳を澄ませた。
かつてのようなノイズは聞こえない。聞こえてくるのは、小鳥のさえずり、風の音、愛する夫と子供の笑い声。
そして、心の奥底で響く、確かな予感。
――『この幸せは、永遠に続くだろう』
私は涙ぐみそうになるのをこらえ、満面の笑みで答えた。
「はい。……明日はきっと、今日よりもっと良い日になりますわ」
冷徹な皇帝と、不吉な予言者。
数奇な運命で結ばれた私たちは、誰よりも「確実な未来」を歩んでいく。
光溢れるこの場所で、いつまでも、いつまでも。




