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第1話 「不吉な予言」と終わりの始まり

 王城の大広間、シャンデリアの光が残酷なほどに私を照らしていた。


「セフィア・エルロード! 貴様との婚約を、今ここで破棄する!」


 王太子ジェラルド様の怒声が響き渡る。

 周囲を取り囲む貴族たちからは、嘲笑と軽蔑の混じった視線が突き刺さっていた。


 ジェラルド様の腕には、小柄で愛らしい少女、ミーア男爵令嬢がしがみついている。彼女は怯えたように震えるふりをしながら、口元だけで勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「……理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」


 私は感情を殺して、静かに問い返す。

 理由はわかっている。けれど、形式として聞かなければならない。


「理由だと? よくもぬけぬけと! 貴様がこの一ヶ月、何をしたか忘れたわけではあるまい!」


 ジェラルド様は一歩踏み出し、私を指差した。


「先日の園遊会では『夕立が来るから中止にしろ』と水を差し、その前の視察では『崖崩れが起きるからルートを変えろ』と俺に指図した。どれもこれも、祝いの席や公務を妨害するためのデタラメではないか!」


「ですが殿下、夕立は実際に来ましたし、視察ルートの崖は崩落しました。私の進言を聞き入れていただいたおかげで、被害は出ていません」


 そう、私は事実を述べているだけだ。

 私の耳には、神の声――【神託】が届く。それはいつだって唐突で、そして残酷なほど正確な「未来の危機」を告げるものだ。


『南の空が泣くぞ』と言われれば豪雨が来るし、『大地がくしゃみをする』と言われれば地震が起きる。

 私はそれを、わかりやすい言葉に翻訳して伝えてきただけだ。国を、そして民を守るために。


 しかし、ジェラルド様の顔はさらに赤くなる。


「それが貴様の小賢しいところだ! 貴様が『不吉な言葉』を吐くから、不運が呼び寄せられるのだ! この……『不吉の魔女』め!」


 魔女。

 聖女の家系に生まれた私に向けられる、最大の侮蔑。


「それに引き換え、ミーアを見ろ。彼女は常に『この国は光に満ちている』と言ってくれる。彼女こそが真の聖女だ!」


「そうですぅ。セフィア様、そんなに悪いことばかり考えていると、本当に幸せが逃げちゃいますよ?」


 ミーアが甘ったるい声で同調する。

 ……ああ、だめだ。

 この人たちには、何を言っても通じない。


 危機を回避できたのは「偶然」。

 悪いことが起きるのは「私が口にしたから」。


 そうやって彼らは、都合の悪い現実から目を逸らし続けている。

 私の心の中で、張り詰めていた糸がプツリと切れた。


「……わかりました」


 私は深く頭を下げた。


「婚約破棄、謹んでお受けいたします」


「ふん、やっと認めたか。貴様のような女は国外追放だ! 二度と我が国の土を踏めると思うな!」


「はい。今までお世話になりました」


 私は顔を上げる。

 その表情に、未練や悲壮感がないことに気づいたのか、ジェラルド様が一瞬ひるんだように見えた。


 私は(きびす)を返して扉へと向かう。

 背後で「負け惜しみを」「これで清々する」という声が聞こえる。


 大広間の扉に手をかけた時、私の頭の中に、あざけるような低い声が響いた。


 ――『間抜けな王は、三日後に竜の怒りを買うだろう』


 まただ。神託だ。

 私は足を止めた。

 竜の怒り。それはおそらく、北の山脈に眠る古代竜の封印が解けるか、あるいは刺激してしまうことを意味する。

 今すぐ対策を練らなければ、王都は火の海になる。


 振り返り、ジェラルド様に伝えようとして――止めた。


(言っても、無駄ね)


「貴様が口にするから、竜が来るのだ」と言われるのがオチだ。

 それに、私はもうこの国の聖女ではない。国外追放を言い渡された身だ。


「……皆様、どうかお元気で」


 私は誰に対するかわからない皮肉を呟き、扉を開けた。

 私の知ったことではない。

 だって、「不吉な予言」がなくなれば、この国は平和になるはずなのでしょう?


 私は馬車に押し込められ、その日のうちに国境へと送られた。

 行き先は、北の軍事大国ヴォルグとの国境付近にある荒野。


 それは実質的な死刑宣告だったが、私の心は奇妙なほど晴れやかだった。


 だって、あのうるさい神託が告げているのだ。


 ――『北へ行け。そこには、お前の声を黄金に変える男がいる』


 その言葉の意味を、私はまだ知らなかった。

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