魔王という噂
焚き火に照らされた旗に描かれた横顔――。
その面影が、あまりにも真緒に似ていた。
(……いや、そんなはずはない。
でも、どうしても頭から離れないんだ)
村を救った達成感に浸るはずが、胸の中はざわついていた。
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翌日、街へ戻ると俺は仲間に断りを入れ、ひとり情報を集めて歩いた。
行商人、酒場の酔客、旅人……誰でもいい、とにかく魔王の話を聞き出した。
「魔王? 妙なことだがな……」
最初に口を開いたのは胡散臭い商人だった。
「魔王が玉座につく前は、魔族と人間が殺し合うばかりだったんだ。
だが今は、大規模な戦争はほとんど起きていない」
俺は思わず眉をひそめた。
「……戦争が、なくなった?」
「そうだ。魔王は無闇に戦を好まない。
むしろ領地の統治に力を注ぎ、民からは慕われていると聞く」
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さらに、別の旅人も語った。
「魔王は冷酷だと噂される一方で……民の子供たちに優しく接している、なんて話もある。
信じるかどうかはあんた次第だがな」
俺は言葉を失った。
これまで教会や兵士から聞かされてきた“魔王像”とは、あまりに違いすぎる。
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「……どういうことなんだ」
思わず呟いた声を、背後から聞かれてしまった。
「なにを調べてるの?」
カレンが怪訝そうに立っていた。
「魔王のことだ。どうも――俺が知っていた姿と違う気がして」
「違うって……敵は敵でしょ?」
「……ああ。でも本当に人を滅ぼすつもりなら、どうして戦が減ったんだ」
問いかけに、カレンは小さく眉をひそめ、やがてため息をついた。
「……ゆう、あんた、甘いんじゃない?」
その声音には苛立ちと、どこか戸惑いが混じっていた。
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夜。焚き火の前でひとり座り込み、俺は拳を握りしめた。
(もし、あの旗に描かれていた横顔が真緒で……
もし、本当に魔王が戦争を終わらせようとしているのだとしたら……)
考えれば考えるほど、真実が遠ざかるようで。
俺はただ、炎の奥に浮かぶ“彼女の面影”を見つめ続けた。




