魔王の街にて
ここは魔王領の中心にある城下町。
俺はこの街で生まれ育ち、もう三十年になる。
世間では「魔王」と聞くと恐ろしい怪物を思い浮かべるらしい。
けれど俺たちにとって魔王様は――むしろ守り神みたいな存在だ。
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今日も広場には人だかりができていた。
魔王城から使者がやってきて、食料を分配しているのだ。
「子供のいる家庭を優先しろ。弱っている者には薬を回せ」
澄んだ女性の声が響く。
その声に誰も逆らわず、むしろ安心したように列が整っていく。
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俺の隣にいた老婆が、しみじみと呟いた。
「昔は戦ばかりで、この街も荒れていたけれど……魔王様になってからは落ち着いたよ」
若い母親も微笑みながら言う。
「魔王様は本当に面倒見がいいんです。子供にも必ず声をかけてくださるし、ときどきお弁当を作って配ってくださるんですよ」
「へえ……魔王様が料理を?」
俺は思わず聞き返した。
「ええ。特に卵焼きは絶品です。ふわふわで、甘さもちょうどよくて……あれを食べた子は、必ず笑顔になるんです」
周りにいた人々が一斉に頷き、口々に「美味しかった」「忘れられない味だ」と語り合う。
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戦乱の象徴だと思っていた魔王が、こんなふうに人々の暮らしを支えているとは。
街の誰もが恐怖よりも感謝を口にするのを見て、俺は胸が温かくなるのを感じた。
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夕暮れ時。
帰り道、城の高台に立つ魔王の姿が遠くに見えた。
長い髪が風に揺れ、淡い光に照らされている。
「……ありがたいお方だ」
誰かが漏らした言葉に、周りの人々もうなずいた。
その顔は遠すぎてはっきりとは見えなかった。
だが確かに――俺たちを見守っている気がした。




