揺れる信頼
用意された部屋は、やけに静かだった。
厚い扉、窓の外に見える中庭、最低限の調度品。
安全のため。
そう言われれば、確かにそうなのかもしれない。
だが、体を横たえた途端、思考は一気に追いついてきた。
(……真緒の、夫)
その言葉が、何度も頭の中で反響する。
魔王。
そして、その夫。
敵であるはずなのに、敵だと決めつけていいのか分からない存在。
あの男は、穏やかだった。
嘘をついているようには、少なくとも見えなかった。
それが、余計に厄介だった。
「……」
天井を見つめたまま、息を吐く。
(真緒が選んだ相手なら……
少なくとも、無茶なことをする男じゃないはずだ)
そう思いたかった。
あの人は、誰よりも不器用で、誰よりも優しかった。
そんな彼女が、残酷な男と添い遂げるとは思えない。
だから――
信じるべきなのだろうか。
⸻
「勇者……」
小さな声がして、横を見る。
リオが、少し距離を保ったまま立っていた。
「……ガルドって人、信用していいんですか?」
慎重な言い方だった。
否定も、断定もしていない。ただの疑問。
「……わからない」
正直に答えた。
「でも……真緒の夫だ。
あの人が、無意味に俺たちを殺そうとするとは思えない」
言葉にした瞬間、自分でも驚くほど必死な響きだった。
まるで、自分に言い聞かせているみたいだ。
カレンが腕を組み、低く言う。
「そういう考え方、危ないと思うけど」
「……わかってる」
わかっている。
でも、切り捨てられなかった。
「魔王が争いを望んでないなら、その夫も……
少なくとも、敵として振る舞う理由はないはずだ」
沈黙が落ちる。
リオは少し困ったように視線を伏せた。
「……勇者は、優しすぎます」
「かもしれないな」
否定できなかった。
⸻
夜が更けていく。
体は休んでいるはずなのに、心だけが落ち着かない。
(もし、俺が間違っていたら?)
(もし、信じた結果、取り返しのつかないことになったら?)
それでも。
(……それでも、真緒が選んだ道を、最初から疑うことはできない)
剣を握る勇者である前に、
俺はまだ――彼女を想っている人間だった。
静かな部屋の中で、答えの出ない葛藤だけが、深く沈んでいった。




