ガルドの影
第22話 ガルドの影
激しい戦闘の余韻が、まだ体の奥でくすぶっていた。
部屋に押し寄せた魔族たちは倒したものの、剣を握る指がわずかに震えている。
「勇者様……どうなってるんですか……?」
リオが不安げに周囲を見渡す。
答えられなかった。
魔王城は危険な場所だ。
だが、魔王はむやみに人間を襲わないはずだった。
なのに、歓迎どころかいきなり殺されかけている。
(……魔王は、本当に俺を殺そうとしているのか?)
胸の奥に黒い影が落ちる。
あの街の穏やかさも、弁当の温かさも、真緒の記憶と重なった優しさも……
全部、俺が勝手に信じた幻だったのか。
「……くそ」
握りしめた拳が震えた。
その時だった。
重い扉が静かに開く。
「騒がしいと思ったら……ずいぶんと手荒な歓迎を受けたようだね」
現れたのは、整った黒髪の男。
王族を思わせる衣装、柔らかな物腰。
一見して敵意はない。
「私はガルド。魔王陛下の夫という立場だ」
(……夫)
胸の奥がざわつく。
だが男は丁寧な微笑みを浮かべ、続けた。
「突然の襲撃……申し訳ない。城内には陛下の意思と違う行動をとる者もいてね。
本来なら、君たちは陛下の客として迎えるはずだったのだが……情報が歪められたのだろう」
落ち着いた声。
本当にこちらが被害者であるかのような調子だった。
「……魔王様は、俺たちを殺すつもりなのか?」
震える声で、どうしても聞かずにはいられなかった。
ガルドは小さく首を振った。
「いいえ。陛下は争いを望まない。
勇者である君とも、できるだけ早く会談したいとおっしゃっていた」
(……そう、なのか?)
闇に沈みかけた心が、わずかに持ち直す。
「ただ、陛下は今、部屋を離れられない状態でね。
会うまでに少し時間が必要だ。
その間……別室で待っていてほしい」
「別室……?」
嫌な予感がする。
「安全のためだよ。君たちはまだ回復していない。
城の奥は危険が多い。しばらく、外に出ずに休んでほしい」
“休んでほしい”と言いながら、
その言葉には微妙な違和感があった。
リオが囁く。
「勇者様……この人、信用できますか?」
「……わからない」
疑いきることもできず、信じることもできない。
ただ、今は戦える状態ではなかった。
「案内しよう」
ガルドは柔らかく微笑む。
その足音は、静かで……どこか冷たかった。




