静かに蠢く影
第20話 静かに蠢く影
魔王城の最奥、誰も近づかぬ重厚な扉の奥。
そこはガルドの私室兼、私兵たちへの指示が密かに行われる部屋だった。
魔王に仕える将として表向きは従順。
だがその目の奥には、決して魔王の理想には染まらぬ、鋭い光が宿っていた。
「……勇者が、この城に入った、だと?」
報告に来た私兵は、ひざまずいたまま震えている。
「は、はい……っ。しかし門番は“通した”と言っておりまして……魔王様にお伝えするかどうか……」
「伝える必要はない」
ガルドの声は低く、だが刃のように冷たく響いた。
兵は恐怖で顔を青く染める。
「で、ですが……勇者は人間の象徴。それを黙って通すなど……」
「黙っていろ」
一言で空気が凍りつく。
ガルドは椅子からゆっくりと立ち上がり、私兵へ歩み寄った。
その足音だけで、兵は身を縮める。
「いいか。魔王様は“余計な衝突を避けたい”などと言っているが……」
ガルドは兵の肩を掴む。強い力ではない。だが、逃げられない圧だけが確かにあった。
「そのせいで、城の中にまで敵を招き入れる状況が生まれた。愚かだとは思わないか?」
「い、いえ……っ。しかし……」
「勇者と魔王が話す機会など、与えるべきではない」
声は穏やかだが、底には冷たい殺意が潜んでいた。
「……勇者という存在は、魔王様にとって“邪魔になるかもしれない”のだ。
少なくとも、私にとってはな」
“邪魔”――その意味を兵が理解する前に、ガルドは言葉を続けた。
「報告書は書き直せ。
“勇者が城に侵入した形跡はあるが、現在位置は不明。未確認につき、魔王様へ報告するには値しない”……それでいい」
「……かしこまりました」
ガルドは兵を解放し、背を向けた。
「それと……門の者には私から言っておく。余計なことを口にすれば、舌を抜くとな」
兵は震え上がりながら頭を下げ、部屋を後にした。
扉が閉まると同時に静寂が訪れた。
ガルドは窓辺に歩き、遠くの空を見上げる。
(勇者……。
魔王様と無駄に“理解”し合うような真似をされては困る)
呟く声は低く深い。
握った拳が、わずかに震えた。
窓の外、雷雲のような黒い雲が魔王城を覆っていた。
ガルドの口元には、薄い笑みが浮かぶ。
「さて……勇者よ。
お前はここで、どんな死に方を選ぶ?」
その笑みは、魔王の知らぬところで静かに深まっていった。




