そして異世界へ
社会人になって三年。
毎朝同じ電車に揺られ、同じビルに入り、同じような資料を作り、同じように上司に叱られる。
時計の針に追い立てられるように過ぎていく毎日。
気がつけば一週間も、一か月も、一年も、全部が灰色に溶けていく。
高校のころは「大人になればきっと楽しいことが待ってる」なんて思っていた。
でも現実は、ただ生きるために働くだけの日々だった。
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その日も、残業帰りでクタクタになりながら会社を出た。
夜風に当たると少しだけ体が軽くなり、無意識に歩いていた。
気づけば、俺は駅前の公園に立っていた。
……真緒と別れた場所。
何の因果か知らないが、ここに来ると胸の奥に引っかかっていたものが疼き出す。
俺はベンチに腰を下ろし、深く息を吐いた。
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街灯に照らされたベンチの木目を指でなぞる。
ここで俺は、高校生の頃の全てを失った。
真緒が制服の裾を握りしめて、震える声で言ったあの言葉。
『……ごめん。私たち、もう別れよう』
時間が経った今でも、耳の奥に鮮明に残っている。
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「俺、あのときから何も変われてないよな……」
ぽつりとつぶやいた。
彼女は先に進みたいと言った。
けれど俺は、今もこうして立ち止まっている。
仕事をして、金は稼いでいる。
けれど誇れるような成果も、誰かに胸を張れる生き方もできていない。
ただ「生きている」だけ。
もしあのとき別れなければ、今も隣にいてくれただろうか。
いや、こんな俺じゃ……やっぱり無理だ。
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頭に浮かぶのは、真緒の笑顔ばかりだった。
泣きそうに歪んでいたけれど、最後まで笑おうとしていたあの表情。
「……真緒。幸せになってるのかな」
その答えを知ることはできない。
胸の奥から自然にこぼれた言葉は、風にさらわれ て夜空に消えていった。
その瞬間だった。
背後からけたたましいクラクションが鳴り響く。
「……え?」
視線を向けると、横断歩道の先からトラックが突っ込んできていた。
運転手の必死な顔、ブレーキ音、人々の悲鳴。
考えるより早く、視界が白く弾ける。
体が宙に浮くような感覚に包まれ、意識が闇に沈んでいった。
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最後に思い浮かんだのは、彼女の姿。
初恋で、初めての彼女。
俺の全てだった人。
「……真緒、幸せでいてくれ」
その願いを残して、俺の意識は闇に沈んでいった。
次に目を開けたとき、そこは見知らぬ世界だった。




