魔王城へ
山を越えてから、半日が過ぎた。
空気が変わったのを、はっきりと感じる。
風の匂い、木々のざわめき、流れる雲の動き――
すべてが、どこか「支配された土地」のものだった。
「……あれが、魔王城の領域か」
カレンが、前方を見据えて呟いた。
近くに小さな村があった。
畑があり、家があり、煙が上がっている。
人の営みが、確かにそこにあった。
「……壊されてない」
リオが小さく言った。
焼け跡も、死体も、逃げ惑う人々の姿もない。
静かで、穏やかで、拍子抜けするほどに平和だった。
(……ここは、魔王の支配下だ)
それなのに、この光景。
胸の奥で、ここまで何度も感じてきた違和感が、また静かに広がった。
⸻
村には立ち寄らず、俺たちは山道を進んだ。
やがて、視界が開ける。
そして――
「……あれ……」
リオの声が震えた。
雲の切れ間の向こう。
黒く巨大な城が、圧倒的な存在感でそびえ立っていた。
「……魔王城」
それは、想像していた「禍々しい城」とも少し違っていた。
確かに黒く、威圧感はある。
だがどこか、無駄に誇示するような造りではない。
守るために存在している――
そんな印象すら、俺は受けていた。
⸻
足が、自然と止まる。
心臓の奥が、静かに締めつけられた。
(……真緒が、あそこにいる)
名前を口に出すことはできなかった。
彼女が魔王であると、もうほとんど確信している。
それでも、実際に「そこにいる」と考えた瞬間、胸の奥が痛んだ。
(会ったら、俺は――)
勇者として、剣を向けられるのか。
一人の男として、言葉を失うのか。
まだ、わからない。
⸻
「……戻るなら、今だぞ」
カレンが静かに言った。
振り返ると、彼女の目は冗談ではなかった。
「魔王城に入ったら、もう後戻りはできない。
勇者として、魔王と向き合うことになる」
俺は、はっきりとうなずいた。
「戻らない」
声は、思ったよりも落ち着いていた。
「俺は――確かめるって決めた」
倒すためか、救うためか。
あるいは、どちらでもない何かなのか。
その答えを、あの城で見つける。
⸻
城へと続く道に、一歩踏み出す。
その瞬間、背中に冷たい風が吹き抜けた。
まるで、
「ようやく来たな」と言われたような――
そんな錯覚を覚えながら。
俺たちは、魔王城へと歩き出した。




