仮の安息
第16話 仮の安息
山小屋で目を覚ましてから、数日が経った。
全身の痛みはまだ残っているが、指先は動くし、深く息を吸っても胸が裂けるような痛みはない。
「……ずいぶん、楽になったな」
小屋の外では、薪を割る乾いた音が響いていた。
ハルドだ。
魔族。
だが、敵でも味方でもない、奇妙な距離のまま、ここ数日を共に過ごしていた。
⸻
「動きすぎるな。回復しかけの体ってのは、一番無茶をしたくなる」
小屋に戻ってきたハルドが、水の入った器を差し出してきた。
「医者みたいなこと言うな」
「怪我人を何百と見てきただけだ」
淡々とした声。
だが、その手つきは不思議と雑ではなかった。
リオとカレンも、少しずつ動けるようになり、薪集めや水汲みを手伝うようになっていた。
敵であるはずの魔族と、こうして肩を並べている現実に、どこか夢のような違和感があった。
⸻
その日の夜。
四人で囲む焚き火は、どこか穏やかだった。
「ハルドって、ずっと一人でここにいるのか?」
「まあな。山は嫌いじゃない」
短いやり取り。
だが、その少ない言葉の端々から、ハルドが「誰かのために山にいる」ことだけは、なんとなく伝わってきた。
「……不思議だな」
ぽつりとリオが言った。
「僕たち、本来なら殺し合っててもおかしくないのに」
「殺し合う理由がなきゃ、刃は振らんさ」
ハルドは焚き火を眺めながら、そう言った。
その言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。
⸻
夜が更け、仲間たちが眠りについた頃。
俺は焚き火の前に残っていたハルドに声をかけた。
「……あんたに、話しておきたいことがある」
ハルドはゆっくりこちらを見る。
「俺は――勇者だ」
言葉にした瞬間、胸の奥がざわついた。
だが、ハルドは驚かなかった。
「……やっぱりな」
「魔王を倒すために選ばれた存在だって、そう言われた」
俺は焚き火を見つめたまま続ける。
「でも……俺は、倒すために来たんじゃない」
少し間を置いて、はっきりと言った。
「確かめたいんだ。
魔王が、本当に“そういう存在”なのかどうかを」
ハルドの目が、焚き火の揺らめきに細く光った。
「……甘い考えだな」
「それでもいい」
即答だった。
「俺にとって魔王は、“討つべき敵”である前に……」
そこから先の言葉は、喉の奥で止まった。
ハルドはそれ以上、踏み込んではこなかった。
⸻
しばらく沈黙が流れたあと、ハルドが静かに口を開いた。
「……俺も、魔王に仕える者だ」
焚き火が小さくはぜた。
「側近――ってほど大層な立場じゃないがな」
わずかに目を伏せる。
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
「……それでも、あんたは俺たちを助けた」
「ああ」
「俺が魔王を――」
「倒すか、確かめるか」
ハルドはゆっくり言った。
「その答えは、あんた自身が直接“見て”出せばいい」
それだけ言って、立ち上がる。
「体が動くようになったら、ここを出ろ。
魔王城は……もう遠くない」
⸻
別れの時は、あっけなかった。
朝霧の中、ハルドは背を向けて言った。
「またな。次に会う時は……敵かもしれないが」
俺は一瞬だけ迷い、そして答えた。
「……それでも」
ハルドは足を止め、わずかに振り返る。
「それでも、俺は粥を出す」
その一言に、思わず小さく笑ってしまった。
ハルドは何も言わず、再び前を向いて森の奥へと消えていった。
その背中を見つめながら、胸の奥で確信が静かに脈打つ。
(魔王に、会わなきゃならない)
倒すためでも、守るためでもない。
ただ、真実を知るために。
俺は、仲間たちと共に再び歩き出した。




