山小屋の夜
第15話 山小屋の夜
視界が赤黒く滲んでいた。
朽ちた木々の影が揺れ、仲間たちの声が遠くで聞こえる。
狂気じみた魔族との死闘の末、俺たちは命からがら山へと逃げ込んでいた。
追撃はなかった。ただ、体がもう動かなかった。
意識が途切れかけたその時――
古びた山小屋の扉が、ぎい、と音を立てて開いた。
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「……ずいぶん派手にやられたな」
低く、落ち着いた声。
視界の端に立っていたのは、角を隠すこともせず、堂々とこちらを見る一人の魔族の男だった。
俺は反射的に剣に手を伸ばしかけたが、指に力が入らない。
「安心しろ。追ってきてる気配はない」
「……魔族、だよな」
「そうだ」
あっさり認めるその態度に、リオとカレンは緊張したまま身構える。
だが次の瞬間、男は焚き火に鍋をかけて言った。
「このままだと全員死ぬ。今は敵味方より、命の方が先だろ」
静かな言葉だった。
それに、今は逆らえる力もなかった。
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しばらくして、湯気の立つ椀が差し出された。
「……粥だ。消化にいい」
俺は震える手で椀を受け取る。
口に運ぶと、薄い塩味が体の奥に沁み込んだ。
「……うまい」
男はそれ以上、余計なことは語らなかった。
そのまま俺たちは、ほとんど話すこともなく、深い眠りに落ちた。
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どれくらい眠っていたのかはわからない。
次に目を覚ました時、外は淡い朝霧に包まれていた。
体はまだ重いが、昨日よりは指先に力が入る。
「……生きてるな」
小屋の外では、薪を割る乾いた音が響いていた。
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二日目の夜。
再び差し出された粥を前に、リオがぽつりと呟いた。
「こうして食事ができるって……不思議ですね。敵のはずなのに」
「敵ってのは、状況次第でいくらでも変わる」
淡々と答えた男は、鍋を火から下ろしながら続けた。
「……魔王様の弁当には到底かなわないがな。俺の粥も、悪くないだろ」
その一言に、俺の指が、ぴくりと止まった。
「……魔王の、弁当?」
リオが、はっとした顔でこちらを見る。
「そういえば……」
リオは少し躊躇いながら言った。
「勇者様、魔王の街で卵焼きを食べた時……泣いてましたよね」
場の空気が、ふっと静まる。
「……ああ」
ハルドと名乗った魔族の男は、懐かしそうに鼻で笑った。
「卵焼きか。あの人、何度も失敗してたな」
「え……?」
「焦がしたり、甘くなりすぎたり。
それでも毎回『今度こそ完璧』って言って、結局また失敗して――」
言葉の一つひとつが、胸の奥に突き刺さる。
真緒の姿が、鮮明に重なった。
(……同じだ)
卵焼きを焦がして、恥ずかしそうに笑っていたあの頃と。
今、魔王と呼ばれる存在が重なっていく。
「……魔王は、どんな人なんだ?」
気づけば、俺はそう口にしていた。
ハルドは少しだけ目を伏せ、それから静かに言う。
「不器用で、優しくて……
誰よりも、争いを嫌う人だ」
胸の奥で、何かが確信へと変わった。
(……やっぱり、真緒だ)
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しばらくして、仲間たちは眠りについた。
山小屋には、焚き火の音と、静かな夜気だけが残る。
俺はふと、ハルドを見る。
「……あんた、魔王のそんなところまでよく知ってるな」
一瞬だけ、ハルドの目が揺れた。
「……長く、仕えてるからな」
それだけ言って、男はそれ以上何も語らなかった。
問い詰めるには、今は疲れすぎていた。
だが――
この男が、ただの魔族ではないことだけは、確かだった。




