揺れる心
13話 揺れる心
魔王の街で涙を流した夜、俺は焚き火の前で眠れずにいた。
あの卵焼きの甘さが、まだ舌に残っている。
(魔王は……真緒だ。間違いない)
だがその確信は、勇者としての使命を正面から否定するものだった。
勇者は魔王を倒す存在。
けれど俺にとって魔王は、初めて愛し、そして今も忘れられない人だった。
⸻
「眠れないんですか?」
リオが寝袋から顔を出した。
「……少しな」
「やっぱり、魔王のことを考えてるんですね」
答えられず、俺は黙って火を見つめる。
リオは迷いなく言った。
「勇者様。どんな決断でも、僕はついていきます」
その言葉に胸が熱くなる一方で、迷いは深まるばかりだった。
⸻
翌朝、魔王城へと続く街道を進んでいた時だった。
耳をつんざくような悲鳴が森の奥から響く。
「助けてぇっ!」
駆けつけると、数人の魔族兵が旅の商人を襲っていた。
「やめろ!」
剣を抜き、飛び込む。リオが炎を放ち、カレンの剣が閃く。
激しい斬り合いの最中、魔族の一人が苦しげに叫んだ。
「これは……魔王様の命令なんだ! 人間を排除せよと……!」
⸻
その声を聞いた瞬間、剣を握る手に迷いが走る。
(魔王の命令……? でも、街では人々が穏やかに暮らしていた。
お弁当まで配って、笑顔を与えていた。そんな人が、本当に人間を襲えと命じるのか?)
混乱する思考のまま剣を振るう。魔族兵たちは次々と倒れ、最後の一人が逃げ去った。
⸻
戦いの余韻の中、カレンが苛立ちを隠さずに口を開く。
「……ねえ、あんた。本当に戦う覚悟はあるの? 勇者なのに、迷ってるようにしか見えない」
「……俺は確かめたいんだ。本当に魔王が命じたのかどうか」
「甘いわ!」
カレンの声が鋭く胸に突き刺さる。
リオが慌てて間に入った。
「二人とも……でも、勇者様の言葉もわかります。もし魔王がそんな命令をしていないなら――」
その言葉は、重苦しい沈黙に飲み込まれた。
⸻
ふと顔を上げると、遠い崖の上に黒い影が立っていた。
風に揺れる長い髪、威厳を漂わせる姿。
(……真緒……?)
目を凝らしたときには、もうその影は霧に溶けていた。
「……やっぱり、直接会わなきゃ答えは出せない」
胸に芽生えた確信と迷いを抱えたまま、俺は魔王城の方角を見据えた。




