魔王の影と、母の笑顔
魔王城の広間には、重苦しい空気が漂っていた。
配下の将たちが次々に報告を重ねる。
「近隣の人間の村に、物資の蓄えがあるとの情報が……」
「討伐すべきとの意見も出ています」
玉座に座る魔王は、静かに首を振った。
「人間に無闇に危害を加えてはならない。
争いは国を疲弊させるだけだ。無益な戦いをする気はない」
その言葉に、広間はざわめいた。
恐ろしい怪物だと外で語られる魔王が、実際には人間への配慮を口にしたのだ。
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その一方で、広間の隅に控える男が薄く笑った。
魔王の夫、ガルドである。
(甘い……あまりにも甘いな。
お前が慈悲に囚われるなら、俺が代わりに血を流させてやる)
その夜、彼は密かに部下を呼び寄せた。
「人間どもを襲え。『魔王の命令だ』と伝えればいい」
虚偽の命令が、闇に紛れて広がっていった。
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翌朝。
魔王は城の庭に出て、子供たちと遊んでいた。
「魔王さま、見て見て!」
「わあ、高い!」
小さな子供を抱き上げ、空へと軽く放り上げる。
キャッと響く笑い声に、見守る母親たちの表情も和らいでいく。
「魔王様は本当に子供好きでいらっしゃる」
「ええ……あのお方がいてくださる限り、安心です」
民の声に、魔王は微笑んで頷いた。
「この子たちの未来を守ること――それが私の役目だ」
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城下町に広がる笑顔。
けれどその裏で、ガルドの企みは着実に進んでいた。
数日のうちに、人間の村が襲撃されるという報せが届くことになる。
それが、魔王の意に反して仕組まれたものだとは知らずに――。




