初恋の終わり
放課後のチャイムが鳴ると同時に、俺――結城ゆうは急いで教科書をカバンに詰め込んだ。
窓際の席にいる彼女、真緒が立ち上がるのを見逃さないためだ。
真緒は俺の初恋で、初めての彼女。
クラスでも目立つタイプじゃないけれど、静かに笑う顔が好きで、気がつけばずっと目で追っていた。
そして勇気を振り絞って告白したあの日、彼女がうなずいてくれた瞬間から、俺の世界は色づいた。
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「ゆう、今日も一緒に帰ろっか」
いつも通りの笑顔に胸が高鳴る。
俺はうなずき、彼女と並んで校舎を出た。
春の風が二人の間をやさしく通り抜ける。
くだらない会話――次のテストのこと、担任の口癖の真似、好きな音楽の話。
そんな小さなやりとりが、俺には何よりの宝物だった。
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だけど、その日は少し違っていた。
真緒はときおり、言葉を飲み込むように黙り込み、視線を空に逃がしていた。
普段なら俺の冗談に笑ってくれるのに、どこか遠い顔をしている。
「……どうした?」
勇気を出して問いかけると、真緒は小さく首を振った。
「ううん、なんでもない」
でも、その声は震えていた。
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駅前の公園に着いたとき、彼女はふいに足を止めた。
ベンチに腰掛け、制服の裾をぎゅっと握りしめる。
「ゆう……少し話したいことがあるの」
心臓が嫌な音を立てた。
俺は隣に座り、彼女の言葉を待った。
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沈黙のあと、真緒は小さく息を吐いた。
「……ごめん。私たち、もう別れよう」
夕焼けがやけに鮮やかに見えた。
何を言われたのか理解できず、時間が止まったように感じる。
「……は? なんで……?」
やっと絞り出した声は情けなく震えていた。
真緒は笑顔を作ろうとした。でも、泣きそうに歪んでいた。
「ゆうのこと、大好きだったよ。本当に。でも……これ以上は無理なの」
「無理って……俺、何かしたか? 直すから! だから――」
「違うの。そういうんじゃない。ただ……私、先に進みたいの」
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俺は何も言えなくなった。
「先に進みたい」という言葉の意味なんてわからなかった。けれど、それはつまり――俺が彼女を繋ぎ止められなかった、ということだ。
勉強も中途半端。部活も辞めてしまった。夢も語れない。
きっと俺の不甲斐なさに、真緒は愛想を尽かしたのだろう。
真緒は立ち上がり、俺に背を向けて言った。
「今までありがとう」
その声が、彼女の最後の言葉になった。
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俺はベンチにひとり残され、握りしめた拳を膝にぶつけた。
悔しくて、惨めで、情けなくて。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
けれど、しばらく時間が経つと、不思議と少しずつ落ち着いてきた。
真緒の震える声や、無理に作った笑顔を思い返して――ふと気づく。
……あいつも苦しんでたんだ。
俺のせいで、笑っていられなくなったのかもしれない。
ならせめて――
「……幸せになってほしい」
かすれる声でそうつぶやいた。
初恋で、初めての彼女。
俺は彼女を失った。何もできないまま。
それが、俺と真緒の最後の放課後になった。




