娘が悪役令嬢になる未来が視えてしまったので全力で阻止します
「旦那様っ! 産まれましたよっ!!」
おんぎゃあおんぎゃあという大きな泣き声が聞こえ助産婦がタオルに包まれた赤ん坊を抱いて出てきた。
「そうかっ! 妻の容体は?」
「ちょっと疲れておりますが徐々に体力は戻るでしょう、さぁ旦那様、せっかくですので抱いてあげてください」
私ライドル・クォンタムは緊張しつつ産まれたばかりの我が子を抱いた。
あぁ、この子が私の、そしてクォンタム公爵家の将来を託す事になるのか……。
そんな事を思っていたら突然私の脳内にある映像が飛び込んできた。
『はじめまして、クォンタム家長女のエレシアと申します』
『レイアム国第一王子のハリスだ、婚約者として良い関係を築き上げたいと思っている、よろしく頼む』
『こちらこそよろしくお願いします』
(え、これは……あの少女が成長した娘なのか? そして王子? これは娘の未来なのか?)
私はこれが娘の未来である事がすぐわかった。
何故なら王家にはまだ子供がいない、ただ王妃様が妊娠中である事は知っている。
娘と王子の仲睦まじい姿を見て私は安心感を覚えた。
しかし場面が代わると一変した。
『エレシア・クォンタム! 君との婚約は破棄する!』
『な、何故ですかっ!?』
(はぁっ!? 婚約破棄っ!? なんでそうなるんだっ!?)
更に成長した娘が王子に婚約破棄を一方的に宣告されたのだ。
どうやら王子には娘よりも好きな相手が出来てしまったらしい。
その相手と結ばれる為に娘にやってもいない罪を押し付けたようだ。
(なんという愚かな……、こんな男だったなんて……。 しかしあの国王の息子だからなぁ……)
王子の裏切りに憤ったが良く考えれば国王は昔から移り気な人物で王妃と結婚する時もゴタゴタがあった。
元々いた婚約者と一方的に別れ当時男爵令嬢だった王妃と結ばれたのだ。
その時の婚約者というのが今の私の妻なのだが。
(あの時も酷かったが親子2代でやらかすとは……)
更に場面が代わり娘は地下牢にいた。
『なんで誰も信じてくれないの……? あぁお父様お母様、私はもう限界です。 私も2人の元に参ります……』
そう言って娘はナイフで首を刺した。
(ま、待ってくれっ!)
「旦那様っ!」
「……はっ!?」
「大丈夫ですか、汗が出ておりますが」
「い、いや大丈夫だ……、そろそろこの子を妻の所に」
「わかりました」
私は赤ん坊を助産婦に預け自分の部屋に戻った。
「あの映像はなんだったんだ……、まさか本当に娘の未来なのか……」
心臓の鼓動が収まらず、私は落ち着かせる為に水を飲んだ。
「それにどうして私や妻があの場にいなかったんだ……、しかも私達の元へいくと言っていた……。 つまり、私達は娘よりも先に死んでいるのか……」
映像には私や妻の姿は無かった、つまり私達は何らかの理由でこの世を去っている、という事が考えられる。
あの映像が本当の事なのかはわからない、でも私には真実の様な気がする。
「1人で悩んでもしょうがない……、妻と相談してみよう」
私は妻の体調が回復した後にこの事を話して見る事にした。
そして1週間後、妻のミレーヌにこの事を話した。
「……という事があったんだ。 私には本当に起こりそうな予感がするんだ」
「そうなんですか、貴方がそう思うんでしたらそうかもしれませんわ。 実は今まで言っていなかったんですが……」
そう言うとミレーヌは机の引き出しから手紙を取り出した。
「国王様から手紙を貰っていたんです。『お互いの子供が大きくなったら婚約させよう』て……」
「はぁっ!? アイツは自分がやった事を忘れたのかっ!?」
厚顔無恥とは正にこの事だ。
「返事はしていませんが、もしかしたら王命で婚約をさせるかもしれません」
「その可能性は高いな……、王命を出される前に王家と距離を取った方がいいかもしれないな、それに私達にも何か起こりそうな気がする、ここは王都を離れて領地に籠もった方が良いかもしれない」
「私もそう思います」
妻の賛同を得た私は王都のタウンハウスを売却し領地に引っ越す事にした。
クォンタム公爵領は自然豊かな所で子育てにはちょうど良い。
物理的にも王家とも距離を取り特に問題無く日々を過ごしていた。
娘エレシアもすくすくと成長した、少々お転婆な所もあるが元気でいる事は良い事だ。
そして、エレシアが社交デビューする日がやってきたのだが……。
「私、王都に行きたくありません」
エレシアは社交デビューの場である王家主催のパーティーへの出席を拒否した。
本来ならばそんな我儘は通用しないのだが。
「そうだな、無理矢理参加する事も無いだろう」
「えぇ、我が家が参加しなくても問題は無いでしょうし」
エレシアの意見に私達は賛成した。
この間、王家から手紙は届いたり使いの者が来たりしていた。
その大体は『エレシアに会わせてほしい』という下心見え見えの内容だったので私は適当に返事をしていた。
そろそろ立場をハッキリさせた方が良いんじゃないか、と思い私は王家にエレシアは都合によりパーティーを欠席する事、今後王家主催のイベントには一切参加しない事、社交の場にも出ない事等をなるべく柔らかく書いた。
まぁ絶縁宣言なのだが向こうはどう思うかは知らない。
こうして王家とも距離を置き領地の運営に力を入れた結果、我が家は年々事に繁栄していった。
そしてエレシアにもそろそろ婚約者を、と考えていた時エレシアはある人物は連れてきた。
その人物は我が家とも付き合いがある侯爵家の子息だった。
「私、彼と結婚したいの」
「エレシアの事は必ず幸せにします、どうか許してください」
「エレシアが選んだのなら私は文句は無いよ」
「えぇ、幸せになってね」
あの王子と結婚するよりはマシだろうし、侯爵は信頼できる人物なので私達は許した。
そして身内だけでささやかながら結婚式を行った。
「まさか親戚になるとはな、これからもよろしく頼むよ」
「こちらこそよろしく」
「そういえば王家の噂、聞いてるか?」
「噂? 何かあったのか?」
「エレシアちゃんと同い年の王子、ハリス王子が使い物にならないらしくて大変らしい」
「そうなのか? 私は1度も会った事無いから知らないんだが」
「甘やかされて育ったせいで我儘放題で成人迎えた今でも婚約者はいないらしい、このままだと他国から嫁を迎えなきゃいけないけど外交問題になる可能性が高いから国王も王妃も頭を抱えているそうだ」
そんな話を聞いてやっぱりアレはあり得た未来なのかもしれない、と思った。
結果的に国内での立場は微妙になってしまったが私はこれで良い、と思っている。