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②似たようなものなのかもしれません

 シェリエンにとって、庭に出て花を摘む行為は夫リオレティウスとの楽しい思い出の一つだった。

 だから、好きにしても良いと言われたこの庭で、花を摘んで思い出に浸っていたのだ。

 そんな時に突然声を掛けられて。思わず自国の言葉で……謝ってしまった。

 それなのに、声をかけてきた黒い髪の女性がウレノスの言葉をゆっくりと話したのだ。

 だから、シェリエンは、驚きで動けなくなってしまっていた。


「申し遅れました。わたくし、ルタ・クロノプスと申します。この度の模範演技をご一緒させていただくものですわ」

 ゆっくりではあるが、流暢なウレノスの言葉だった。


 そして、彼女、ルタが苦笑いをしながら続けた。

「ごめんなさい。まだ勉強中でして。わたくし、失礼なことを言ってしまっていましたか?」

 今度はリディアスの言葉で。ゆっくりと。


 シェリエンもリディアスの言葉を覚えてきていた。ウレノスの言葉をあの時必死に覚えたように。きっと、言葉が通じれば、気持ちの行き違いがないと信じて。


「いいえ、ただ驚いただけです。とても流暢にお話しになられたので」

 ルタは優しく微笑んでいた。だから、シェリエンも表情を緩め、微笑むことができたのだ。


 ☆


「リオ様が、私がダンスの練習を始めると、顔を覆い、慌ててごまかすように逃げて行かれるのです……よほどひどいダンスをしているのかと、とても心配で」


 シェリエンが花を摘んでいた理由を聞いたルタは、どこも同じように悩みがあるものなのね……と彼女の主人であるリオレティウスを思い浮かべていた。

 ルディよりも半分くらいの年齢だと思う。


 シェリエンも、ルタの半分くらいだから、きっとそうだろう。そのあたりの年齢なら、きっと恥ずかしがっているだけなような、そんなものだと思う。確証はないが、おそらく、人間の男性はそんな習性があるように思う。

 しかし、……ルディはどう考えれば良いのだろう。やはりかなりおかしな人間なのだとしか言えないことに、ルタは空を仰いだ。


 ルタは自分の夫であるルディに大きなため息をつきかけて、慌ててそのため息を吞み込んだ。

 そんな様子に気づいたシェリエンが、ルタに「何か心配事でもあるのでしょうか?」と尋ねてくれる。ルタは諦めたように笑い、白状した。

「シェリエン様、うちも同じようなものなのですよ。本当に、会場に現れたわたくしの姿を見て、意味なく騒がなければいいのですが……約束はさせましたが、心配は尽きません」

 そして、シェリエンを眺める。きょとんとして相手の顔を眺める姿は……まるで、ワカバみたいな。なぜか、守りたくなる女の子。


 きっと、彼女の旦那様は、彼女を観衆に奪われたくないと思っているのでしょうね。

 こんなにもか弱くて可愛い女の子ですもの。

 その点で言えばおそらくルディも変わらないのだろうが、ルタはか弱い女の子ではなく、恐れられる魔女なのだ。心配などしなくても良いはずなのに。どうして、いつまで経っても分からないのだろう。


 頭が悪いのかしら……。


 それから、ルタはシェリエンに摘まれた野の花に視線を落とした。それらは、ガラスの花瓶に活けられて、活き活きと背筋を伸ばして天を眺めている花たちだ。

 その花を見たルタは、そんな殿方の気持ちを鎮める方法を知っている気がしたのだ。


「そうですわ。あなたのためにだけダンスをしていたのですよ、とリオレティウス様に伝わればいいのです」

 確か、ターシャ・グレースの本にそんな場面があった気がしたのだ。


 ☆


 ターシャ・グレースとはディアトーラにいた100年前の恋愛小説家である。

 実は、人間が恋をするという事象がよく分からないルタの恋愛指南書になっているものなのだ。

 しかし、そんなこと、シェリエンは知らない。

 だから、彼女はルタにも同じように提案したのだ。

「では、ルタ様もご一緒に」

 明るい表情が戻ってきたシェリエンに、ルタは「ルディは、ただ変なだけなのです」と言いかけて、口をつぐんだ。シェリエンがとても嬉しそうだったのだ。


 ☆


 はぁ……。

 ルディはやっと肩の荷が下りたと、会議室を退出した。

 いつもよりも疲れたのは確かだ。

 いつもは、行き交うといってもリディアスの言葉とワインスレーの言葉くらい。

 それが、歓談の名の元、たくさんの言葉の通訳を交えた政策施策なのだから……。

 ……と言っても、何かが決まるとかじゃないんだけどさ……。

 ただ、よくここまでの国を集めたな、と感心して大きく息を吸う。


 前方にルタによく似た黒髪の若い男が立っていた。ルタとの違いは、彼のそれはまっすぐに伸びているところだろう。

 あれは……そう。ウレノスのリオレティウス様だったかな。確か彼の奥方も『お腹を震わせるダンス』の模範演技をするってルタが言っていた気がする。

 そんなことを思い出したルディは、挨拶だけでもしておこうと、彼に近づいた。


 ☆


 何の前触れもなかったといえば嘘になる。しかし、それはリオレティウスにとって、とても唐突な出来事だった。

「お疲れ様」

 おそらく、倍は年長だろう男性が、ある意味でなれなれしく、ある意味で垣根無く、人懐っこく声をかけてきたのだから。しかも、ウレノスの言葉で。ということは、人違いではないのだろう。


 そして、彼の顔を間近で見て、『彼』を思い出した。先ほどの会では、もっと年齢相応の威厳があったことを。確かこの国の王の甥にあたる方だ。そう、確か、クロノプス氏。これは失礼な対応は出来ないなと、リオレティウスは気を引き締めた。


「これは、労いのお言葉をありがとうございます」

 しかし、リオレティウスは失礼のないように深くお辞儀をし、名乗った。

「ウレノスのリオレティウスと申します。先の会での他国の言葉の多さに疲れたために、外の空気を吸っておりました。何か御用でしょうか」

「あぁ。分かります。世の中には様々な言葉があるのだと、僕も頭をこんがらがらせておりました。あ、申し訳ありません。僕はディアトーラのルディ・クロノプス。リオレティウス様の奥方様も『お腹を震わせるダンス』の模範演技をされるのですよね。こちらも頭が痛くて……」


「? お腹を震わせるダンス?」

 思わず聞き返してしまったが、相手の様子を見て胸を撫で下ろした。失礼とは取られていないようだ。

「僕の妻も踊るのですが、それしか教えてくれないもので」

 そして、苦笑いをする。それなのに、その心痛が彼の表情に現れていた。そんな彼が少し心配になってきた。ウレノスに来た当時のシェリエンのような不安が、彼にあるような……。


 そう、孤独とか寂しいとか……。いや、これは決して年上に向ける感情ではないな。と慰めの言葉をリオレティウスは吞み込み、別の言葉を選んだ。


「あぁ、ベリーダンスですね」

「そんな名前だったのですか。やぁ、ありがとう。教えてもらえて本当にうれしいよ。ありがとうございます」

 なぜか、それだけでものすごく感謝される。とても不思議だ。そして、彼が妻も踊ると言っていたことにやっとリオレティウスの考えが及んだ。

 あぁ、そうか。だから、挨拶されたんだな。


「奥方様に妻がお世話になりますようで」

「えぇ、こちらこそなんですけど……。でも、きっと、ルタに任せておけば心配しなくても大丈夫だよ。なんでもできるから、ルタは……うん、ルタは優しいし、面倒見も良いし」

 軽く惚気られたような気がしたが、なぜかとても寂しそうだと、また感じてしまうのは、なぜだろう。そして、思い当たった。


 もしかしたら、何も知らされていないのではないだろうか……。あの衣装のことも……。


「じゃあ、またダンスホールで。次は夫婦で挨拶に参ります」

 そう言って、リオレティウスの手を握ったルディの手が、腕に覚えありと言われるだろう力量の持ち主であることを知らせてくる。さらには、普段使う言葉でもないウレノスの言葉も完璧だ。それなのにこの自信のなさ……。

 ……きっと、奥方には勝てない方なのだろう、と失礼ながら思ってしまう。


 しかし、ある意味で、俺と同じか……。と苦笑して彼を見送った。

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