3.成功を約束された人たち
さて、僕らの屋敷から歩いてほどほどの場所。
帝都【バドレー】は中心に皇城を据えるような形で繁栄しているのだが、皇城に一番近い貴族街とそのとなり、庶民街だの平民街だの色々な呼び方があるけれど――その境目ぐらいにある大型の建物は、帝国生まれであれば知らないことが許されないほどに有名な、あの“学院”として、世界中に名を轟かせている。
「あ、師匠!」
先ほどの、どんよりとした雰囲気はどこへやら。僕の服の袖をちょんちょんと引っ張り、あれを見て、と言わんばかりに前方を指で指し示す弟子の姿につられ、僕も、指の先の方角をちらりと覗いてみる。
するとそこには、青と白を基調に、ところどころに金色の刺繡が編み込まれた特徴的な服に身を包む、僕らと変わらないぐらいの見た目の少年少女たちが、ポツポツと。
「……同じ制服だね」
つまり、あの“学院”の生徒、もとい、あの学院は全寮制であるので、あそこまで多くの着替えやら小物やらが入っているだろう荷物の量を見るに、あの学院の新入生といったところだろう。
「あの人たちは荷馬車とか使おうと思わなかったのかなー?」
と、ふと、大きな大きな荷物を背負う少年少女らを見てなにを感じたのか、さも純真さだけで聞いてます、というような声色で、ルルが言った。
もしこれが他国にある普通の学院生に向けての発言であれば、確実に平民差別として小さくない問題を起こしそうなものなのだが(というのも、最近は特に貴族だの庶民だのの、階級によって生じる差別意識や発言などが問題視されるようになってきたのである)――なにせ、彼ら彼女らが目指している場所は、僕たちと同じ【バドレー魔法学院】。
世界有数の大国、世界有数の魔導大国。といったような形で称される【リズディア帝国】の帝都に位置し、まさに、文字通り世界各国から前途有望な魔導師見習いたちが鎬を削ってやってくる、学び舎の最高峰。
この世界で魔力を用いた術を扱える人は、それだけで天才の印を軽く押されることができるというのに、そのなかでも“特に優れている”人物しか入学できない、本物の魔境。
いってしまえば、天才中の天才、エリートの中のエリートしか入れない場所であって、これは、皆が皆、本物の魔導師になろうと努力して努力して、幼き頃から天才だと持て囃された人がやっとそこまでして、ついに入学できるような場所であることを意味する。
無論、それにも一部の例外というものは存在するし、公には絶対に言えないけれども、皇帝の権力と伝手で入学をした僕らなんかも、そんな例外に当て嵌まる内の一ケースではあるのだが……まあとにかく、基本的にこのバドレー魔法学院に入学できる人というのは、幼いころからその天賦の才を遺憾なく発揮し、それでもなお余りある才能を開花させるべく、今の今まで努力という険しい道を自ら進んできたカリスマ的天才なのだ。
そして殆どの場合において、このカリスマ的天才というのは家族などの身内にのみならず、行政などの目にもたいへんよく留まる。
言い換えるとするなら――補助金がでるのだ。
どこの国も優秀なお抱え魔導師が欲しいのである。
それはもう、喉から手が出るほどに、とても。
世は魔導時代だのなんだの言われているからには、ある意味で当然の結果であった。
いまや現状の国同士の力関係の大部分がお抱えの魔導師らによる力関係で決まっているので、優秀な魔導師を確保することが国の戦力に直結する。
普通に考えて、魔導師とその見習いを優遇しない正当な理由はないというものだろう。
――そして、だからこそ、だ。
「なにも自分から苦しむ必要も……まさか、そういう性癖とかトレーニングとかでもあるまいし」
――お金がない、という事態は発生しえない。
バドレー魔法学院に入学が決まった、その時点でどんな人であろうと身分であろうと関係なしに、お金持ちへの仲間入りが確定するのである。
いままでどんなに苦労して生きてきても、実家がどれだけ貧乏であっても関係ない。
本当に、皇帝の権力と伝手だけで入学したのが申し訳ないぐらいには、人生が一変する場所――それが【バドレー魔法学院】なのだ。