1‐8 犬も死体もありえない
「ラブラドールの迷子犬ですか? いえ、そういう届け出は来てないですね。ここには案内所がいくつかあるので一応他のところにも連絡して聞いてみます。なにか特徴とか分かりますか?」
「いえ、特徴とかそこまでは……。ちょっと近くで遊んでいた子に探してほしいと頼まれただけで。すみません」
「いえ、では少々お待ち下さい」
案内所の女性は親身にほとんど中身のない話を都合よく解釈して、他の場所にある案内所へ電話を繋いでくれた。数分俺はその場で待たされたが返ってきた返答は想像していたとおり、そういう届け出はありませんだった。
「飼い主もいないで歩いているラブラドールとかの目撃情報とかありませんかね?」
大した収穫が得られないことは分かっていたことだが、流石にこれだけじゃあ一人で森林にいった吾妻屋に申し訳なさがある。
「さあ、ドッグランもありますしそういうのは珍しくないと思いますけど」
女性は困ったように頬の手を添えて、すみませんねと言った。ここまで情報のない話を長い時間聞いてもらい流石にこちらも申し訳なさが込み上げてくる。
俺はそうですよねえと引き下がることにして、大人しく案内所を後にしようとした時だ。
女性ははっとなにかを思い出し言った。
「あ、でも苦情なら入ってました」
別に特別珍しいことではないだろう。ここは案内所だし苦情の一つや二つあってもおかしくない。しかしこういう人が後になって思い出したなにかは情報として役に立つことが多いと吾妻屋が口を酸っぱくして言っている。
「苦情ですか?」と俺は聞き返すと女性は頬に手を添えたまま小さく頷いた。
「犬種は分からないんですが、犬が無理やり引っ張られて可哀想だと。まあでもよくあることですので、すみませんお力添えできず。ラブラドール見つかるといいですね」
「いえ、こちらこそどうもありがとうございました」
そして今度こそ案内所を後にした。
振り出しに戻って、時間だけが進みスマホを確認すると吾妻屋と約束した時間まで十分ほどになっていた。広い場所で一時間だと移動に時間ばかり食ってしまう。あの場所に戻るとなると今からじゃあまり遠くにも探しにいけない。
約一時間で手に入れたものがこの程度の情報というのは収穫がなかったと同じ意味になるだろうな。
覚悟はしていたことだがこれから長くなりそうだ。
「一度戻るか」
吾妻屋がなにかを発見していればそれでいい。なにかなくても一度会って次にどうするか決めるのもいいだろう。この調子なら二人で探しながらの方が効率が返っていいのかも知れない。
そう結論付けてアスレチックコースの方へ歩を進めたとき、手の中のスマホが震えた。
吾妻屋の方に収穫があったか。
「は?」
確かにこれは収穫なのかもしれない。しかし、こんなことってあるのか?
まさか犬の死体と白骨死体が見つかるなんてこと……。
『(吾妻屋が写真を添付しました)』
『(吾妻屋が位置情報を共有しました)』
『クッキーちゃん見つけた』
『でもさあ、桐子、僕らこの辺だったよな』
『なあ、連絡見たらなるべく早く僕のところに来てくれよ。僕、君に返さなきゃいけない借りがあるんだよ。ずっと忘れてたけどさあ』
『なあ、既読付いたな。早く来てくれ』
『頼むよ』
吾妻屋からのLINEは途切れることなく送信されてきていた。既読を付けた瞬間からあいつは、早くという類の言葉を繰り返し送り続けている。だが、俺は吾妻屋によって送られてくる新しい文ではなくあいつが一番始めに送信してきた一枚の写真に目を奪われていた。
そのほとんどが土に埋まっていて全貌の見えない白骨死体は、間違いなく俺達が埋めたものだ。
俺と吾妻屋が殺した吾妻屋の父親の成れの果てだった