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1‐7 犬も死体もありえない

羊歯新緑公園に着くと俺達はまず、吾妻屋が小学生と会ったという羊歯公園の中心にある芝生アスレチックゾーンに向かった。

 見渡す限り人工芝は踏みしめると靴のあとが少し残るくらいには柔らかい。レジャーシートを持参している家族連れが多く、子ども用のカップの付いた水筒がシートの上に転がっている。

 小さいながらもしっかりとしたアスレチックコースは、子どもも大人も楽しめるというコンセプトに沿っているからか、平日の三時すぎだというのに遊んでいる人たちは家族連れから大学生らしきグループと年齢層は幅広い。

 アスレチックコースは城の形をしていて、グラグラとした揺れる足場から始まり、ロッククライミング、半透明のトンネルがぐるりと一周するようになっていて、一番上まで登っていくと鐘を鳴らすことが出来るようだ。

 城の真ん中には休憩スペースとして跳ねるネットが敷かれていて、子どもを見守る大人たちの大半はそこで寝転んでいるのは下からでも見えた。

 到達したものだけが鳴らすことの出来る鐘は絶え間なくカラン、コロンとなり続けている。

 もし、自分が子どもの時にこういう場所があったら時間を忘れて夢中になっていただろう。だが、残念なことにこの場所が最近出来たらしく、この時間に人が多いのも目新しさという面もあるのかも知れない。

 吾妻屋というと早々に芝生の上で寝転がり、空を見上げていた。このまま何もしなければここで時間を潰すだけ潰してあとは眠ってしまいそうだ。

「座らないの?」

 自分の隣の芝を撫で、ゆっくりと瞼を閉じる。

 俺は渋々吾妻屋の隣に腰を降ろし、足を抱えた。満足げの吾妻屋は勢いをつけて状態を起こす。そして、彼はゆったりと絵本を諳んじるかのように遠くのここにはない景色を眼の前に見ながら語りだした。

「小学二年生のさえちゃんは昨日ここでラブラドールのクッキーちゃんを一人で散歩させていたらしい。だけど、散歩の途中に催したさえちゃんはすぐそこにあるトイレに向かった。トイレに前にはリードを繋ぐためのポールがあって、普通はそこにくくりつけてからトイレに行くらしいだけど、さえちゃんは忘れてしまった。

 それで、トイレから戻ってくるとクッキーちゃんはいなくなっていた。時間にするとほんの二三分のことだった。

 さえちゃんはそれから一時間ほかの人にも手伝ってもらいながら探したけど戻って来ることはなく今日に至る」

 こうして、事件の概要を聞いていると自分がまるで探偵にでもなったかのように錯覚してしまう。俺は、依頼内容さえ分かればそれでいいのだが、吾妻屋はそうではないらしく毎回こうやって丁寧にやるべきこと以外の背景を語ることを好んだ。

 俺は吾妻屋が先程言っていたさえちゃんが行ったというトイレを見た。確かに吾妻屋の言う通りアスレチックコースの隣にトイレがあって、そこにはリードを繋ぐためのポールもある。

 今はそこにパグが繋がれており、おすわりをして主人の帰りを待っていた。さえちゃんも本来ならばこうしなくてはいけなかったのだろう。

「なんでクッキーちゃんはいなくなったんだろうな」

 俺はふと頭に浮かんだ純粋な疑問を口にした。

「ラブラドールだろ? 繋がれなくても待っていることは出来たんじゃないのか?」

 吾妻屋はゆるりと頭を振って、分からないと答えた。

「だけど、僕達の仕事はクッキーちゃんを探すことであって、なぜいなくなったのかを考えることじゃない。そういうのは探偵の仕事だ」

 至極当然のことだろう。俺は、その言葉にそうだなと頷きそれ以上考えるのをやめた。クッキーちゃんが見つかりさえすれば最後には全て良くなる。解決するのだ。

 むしろ今、考えなくてはいけないのはクッキーちゃんの行方が一日経っても見つからないということだろう。いくら広いとはいえ、大型犬が行方不明になって誰の目にも触れないことは難しい。

 「もうどこかに連れされていなくなった可能性は?」

 今現状で考えられる最悪のケースだ。いくら俺達でも連れされた犬までは探せないだろう。

 吾妻屋は腕を組み、首を小さく縦に振った。

「あるかもね。でもまだここで出来ることを全部やったわけじゃないから。とにかく今日僕達がやることはここを地道に泥まみれになって探すことだ。桐子はどっちがいい?」

 そういってアスレチックコースとトイレがある右と何もない鬱蒼とした森林がある左を交互に指した。

「右で」

「じゃあ僕は左ね」

 単純にアスレチックとトイレがある分探す範囲が狭そうだと考えたのが一番大きな理由だったが、なにより一番の理由は俺の致命的なほどの方向音痴にある。あんな木しかないところに探しに入ったら今度は俺が帰ってこられなくなりそうだ。

「なにかあったら連絡して。取り敢えず一時間後にまたここで」

「じゃあ」

 そういって、俺達は二手に分かれることになった。まあ、この広い場所を二人で探しても人手は足りていないのだから合理的だろう。

 はたして一時間でどれだけ場所を探して手がかりが見つけることが出来るのかは全くの未知だが。大体いつもこの行き当たりばったりで上手くいっているから吾妻屋の適当さにも少しは目を瞑らなきゃいけない。

 これからが大変だというのに嫌に上機嫌の奴は調子外れ鼻歌を歌いだしていた。

 俺は、吾妻屋が歩き出すまで待つつもりだった。吾妻屋の方はというと、いつまで経っても行こうとしない俺にしびれを切らして、なんども振り返りながらもポケットに手を突っ込んで森の奥に消えていった。そうしてから俺はようやく自分の持ち場へと向かった。

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