1‐8 真面目に
紹介した身分で言うのもなんだけど、本当にこいつに依頼して良かったのだろうか。吾妻屋の仕事を手伝うことはあっても、人に吾妻屋を紹介をしたことは今まで一度もない。それは俺が吾妻屋に対しての不満や小言を聞きたくないからだ。
終わり良ければ全て良し。ということにはならないのが吾妻屋に依頼することのミソだ。
依頼が完了したその時点で、大川は吾妻屋に貸しを一つ作ることになる。もし吾妻屋が、今すぐにコンビニで一番高いアイスを買ってきてほしいと頼んだ時には大川はそれに黙って従わなくちゃいけない。もちろんその際掛かる費用は大川の自腹だ。
そのいつなんの無茶振りが来るか分からない不安と今の不安を天秤に掛けたら大川にとってどちらが楽なのだろうか。どっちも楽ではない気がする。貸し屋の依頼を拒否して、姿を消した人を俺は何人か知っているし、俺はその一人に大川が含まれてほしくはない。
でも、そのことを大川は知る由もなければこれから先もないだろう。吾妻屋が大川に伝えることもまた同じようにないのだ。
──新奈津駅に着く少し前。
「馬鹿だねえ。五十万の受取を自分で迎えに来るなんてその後もし僕らがそいつの後をこっそり付けていったらどうなるんだろうね。というか、大川くんがすでに警察に泣きついている可能性を考えない辺り相手は本当に使い勝手のいい使い捨てのモブなんだろう」
と吾妻屋は急ブレーキを踏みながら言った。
「俺はそんなこと怖くて出来ません……」
「まあね。普通はみーんなそう言うの。一握りの常識人は恐怖で警察に行くか行かないで僕みたいなのに伝手で依頼するかそのまま死ぬかになる。でも常識人を絞ったカスみたいなやつが、騙したやつ、騙そうとするやつを一矢報いてやろうとか一泡吹かせてやろうとか特攻しだすのさ。いわゆる頭のネジが飛んでるやつらだね」
確かに世の中には思考回路が自分中心で回っていて、なのに自分の頭の中にあるネジは他人が締めていると思っている人たちがいる。
俺にもそういう人たちになんとなくだが心当たりがある。
結局、多分だが因果関係を探れば家庭環境とかトラウマに行き着くのだろうけど、施設で過ごす子どもはそういう思考の子どもが世間一般よりも多い。普通はクラスに一人いて、二人も三人もいたら学級崩壊するようなレベルの奴が施設になると四人全員相部屋だったりするのだ。そうなるとどうなるのかというと、全員が全員他部屋や職員の大人を出し抜こうと騙し合いが始まる。嘘を吐いて、人のゲームを盗んだり、それをなすりつけたりといったことが起こるのだ。
正しいことはみんな藪の中にある。
「その点だけで考えれば大川くんは出し抜いた。予想外のことが起こらなければ大川くんの勝ちだよ」
「別に勝ち負けではないだろ」
「いーや桐子は分かってないね。これは勝ち負けなんだよ。なにせ負けたら死ぬんだから。なら、命があるやつは勝ちに決まってるだろ」
勝ち負けがどうということを俺も分からない。相手が意図していないゲームでは最終的な勝敗は正しい評価を下すとは限らないからだ。だけど、友人という贔屓的な立場で審判を下すのなら俺は大川に勝ってほしい。
「大川くんはもし無事に終わったらどうする?」
「俺は……」
一度何かを言いかけ、ハッとして開きかけた口を閉じた。魚が餌を求めて水上に顔を出すみたいに口をパクパクさせた。
「俺は、真面目に生きたいです。酒を飲むのやめます。もう飲み会なんか行かないし、女の子と付き合うために必死になったりしない。慎ましく生きたい」
まるで今から出所する囚人みたいだ。
「それはいいね。真面目に生きるのがいいよ。僕は真面目に生きている奴に恩をうる瞬間が一番好き」
と、吾妻屋は本心なのか冗談なのか微妙なラインを口にし、大口を開けて笑った。大川の引きつった笑いと吾妻屋の爆笑に包まれた車内で俺はどっちの立場について笑えばいいのか悩んだ末、間を取って無表情を貫いた。
高速で流れていく人混みをぼんやりと眺め、冷え切った空気を内心失笑しながら耐え忍んでいると、吾妻屋は俺の肩を優しく叩く。
君も笑いなよと今にもいいたげの表情で、赤ん坊をあやすリズムで俺のなで肩気味の肩を叩き、それは俺が「そうだな」と吾妻屋側で同意するまで止まらなかった。