1‐3 金は埋蔵金を掘って返す
流石、連絡魔吾妻屋は俺が大川の相談兼依頼の連絡を入れると一秒でいいよと返してきた。
『いつ会う? 三日後なら今日中がいいんだけど』
『大川に聞いてみる』
俺はすぐに大川にLINEするといつでもいい。早く始められるならそれに越したことはないと返してきた。
『なら、桐子はいつが都合がいいの?』
『俺もやるのか?』
『やらないの? こういうのは羽振りがいいよ』
ただでさえ金の苦心に苦労しているやつから金を貰うのは気が引ける。それに大学の知り合いの事件にこれ以上首を突っ込むと今度なにかあったときに気まずい思いをするのはこの俺だ。
『いや、俺は話を通しただけだから』
『通すだけなら桐子が僕の連絡先渡すだけで良かったんじゃないかな』
こいつ、嫌なところ付いてくるな。
それまで一分と途切れることなく続いていた会話がピタリと止まる。俺の指は何度も画面の上で文字をスワイプして文章を作っては消す。を繰り返していた。
『貸しとけばいいんだよ。いつか返しくれるかも』
『その大川くんが就職してボーナス出たらとか』
『桐子、期待したんでしょ?』
『してない』
その言葉だけは迷わず送ることが出来た。
俺は大川を可哀想だと思ったがその先のことは本当に期待していない。こいつといると他人に善意でなにかをすることが全て後ろめたいことに変換されていく。自分の善意が染められてきている気がして、言い返えそうにも完璧に吾妻屋を言い負かせる理由も思いつかない自分に腹が立った。
『まあ、僕は金銭のやり取りはしないからなんでもいいけど』
『で? 桐子は一緒に来るの?』
俺は一分ほど考えて、それから一緒に行くと返した。これで万が一にも吾妻屋が失敗して大川が大学に来なくなったら目覚めが悪いような気がしたからだ。
それから俺は三限が終わってから大川を俺の家に連れて行くと送ると、吾妻屋は分かったとスタンプを一つだけ返してきた。
「まあ、なにもない家だけどどうぞ」
吾妻屋は珍しくまだ着いていなかった。俺は大川を連れて先に帰宅し比喩でもなんでもなく本当になにもない家に上げてあいつが来るまで待たなくちゃいけなかった。
大川は靴を揃えて上がって、まっすぐベッドを背にして腰を降ろした。どこか落ち着かないのかテーブルの上に手を置いて、指を絡めて部屋の中をキョロキョロ見回した。俺は、片付け損ねてシンクに置いたままにしていたコップを丁寧に洗って、冷蔵庫の中から麦茶を取り出し注いで大川の前に置いた。
「コーヒー切らしてて、麦茶しかないけど」
「いや、ありがとう」
そういい、一口飲んで意を決し、大川が「あのさあ」と切り出そうとした時だ。チャイムが鳴った。ピンポン、ピンポン、ピンポンと三回連続で鳴る。まるで子どもが作った秘密の合言葉みたいに少し間が空いて一回鳴り、口を半開きにしたまま大川は俺の顔を見て一層不安そうにした。
俺は仕方なく立ち上がって、返事もドアスコープも覗かずドアを開けて元凶であり頼みの綱である吾妻屋を部屋に招き入れた。
「どうもー遅れて大変申し訳ない!」
首の後ろに手を当てながらへらへらとした謝罪を部屋の奥に投げかける。泥に塗れた革靴は片方がひっくり返っているが本人は特に直すことなく部屋に上がった。そして、まるで自分の家にように冷蔵庫を開けて、麦茶を出し新しいコップを棚から一つ取るとどぼどぼ音を立てて注ぎ一気飲みした。
「君が噂の薬物を洗濯したとかいうオオカワくん」
「へえ、まあそうです。えっと……」
「僕は貸し屋吾妻屋、お困りなら貸し一つで何でもやるよ。早く言ってしまえば何でも屋と言えるし、もっと簡単に言えば桐子の親友でもある。まあ難しいことは考えずに依頼でいいだよね?」
若干吾妻屋のペースに飲まれつつある可哀想な初対面の大川。餌を待つ金魚みたいに口をパクパクさせて、言いたいことを飲み込んでは舌の先に載せてそれでも飲み込んでいる。
「大川、こちら俺の友達の何でも屋吾妻屋粳、依頼料は将来いつかこの口八丁の男に借りた貸しを返すことその一点のみ。まあ仕事はちゃんとする男だからそこは安心してくれていい」
まあ俺ならばたとえ安心してくれなんて言われても絶対に安心出来ないような状況ではある。なにせ自分が三日後に生きているかどうかはこの初対面の男に全部掛かっているのだから。おまけに将来いつか返すなんて不確かなもの信頼は最近流行りの広告詐欺ゲームみたいだ。今ゲームを始めると最大二百連無料ガチャみたいな。そんな怪しさ満点の誘いに善良に生きてきた大川が戸惑うことも無理もない。
「まあまあまあ、難しいことは考えるのはやめにして僕に全部任せて君のその綺麗な手だけ貸してくれたらあとはそっくり上手くいくよ」
「でも、えっと吾妻屋くん俺は古州から聞いてるかもしれないけど急いで五十万用意する必要があるんだ」
「うんうん。五十万も百万も手に入れるには簡単なことだよ。掘ればいいのさ」
人差し指と親指を丸める。細く、切り傷一つない綺麗な指先。ヤスリで丁寧に整えられた爪先にはほんのりとピンクに色づいていて、手だけ切り取ると女のようでその扇情的な手は今大川の意識をぐらんぐらん揺れさせていた。
「……確認したんですけど」
「うん?」
「もしそうやって吾妻屋くんの提案する方法で金を手に入れられたとしてその先俺はもし危険なことに巻き込まれたりっていうのはあったりするんですか?」
「というと、つまり君は明後日の命が危ないのに一週間後の命の心配を今しているわけだ?」
「そうですね。矛盾しているかもしれないけど」
「まあ不安にもなるかもしれないけど、でもまあ話をする時間も惜しいし掘りに行くしかないと思うよ」
「あのさっきから掘るってずっと言ってますけど何を掘りに行くんですか?」
「そりゃあ金を掘るといえば埋蔵金を掘りに行くに決まってる」