1‐2 金は埋蔵金を掘って返す
要約すると話はこんな感じだ。
ある日大川は天文サークル又の名を飲み会兼合コンに意気揚々と参加した。そこでは表向きの活動として交流会と称して他の大学の人も参加していた。肩に堂々と刺繍をいれているような厳ついやつ。まあ少なくとも普通ではない。そこで大川はその名前も知らない厳つい男から違法薬物を貰ったらしい。百均で売っているキャラクターが印刷されているジップロックにほんの少しだけ、小指の先に乗るくらいの量が中に入っていた。お試しサンプルといったところだろうか。それを愚かで泥酔していた右も左も分からない大川はこれを喜んで受け取った。
泥酔していたもんで大川はそれをズボンのポケットにいれて帰宅した。
ところが後日、大川のスマホに貰ったはずの薬物を返してくれと連絡が来た。
「使ってないならそのまま返したらいいだろ?」
俺が話の腰を折ると大川は首をゆるゆると振った。
「なくなったんだ」
「使ったのか?」
軽蔑の眼差しを向ける。
「誓って俺は使ってなんかいない」
「溶けて無くなったんだよ……」
溶けたってという俺に大川は言葉を続けた。
確かに大川の記憶の中には厳つい男に薬のようななにかを貰った記憶があって、受け取ったはずだ。もちろんそんな物騒なもの自分には必要ないので、大川は素直に返そうとした。記憶の中では自分は薬物をズボンのポケットに入れたような気がする。
だけど、どのポケットにも記憶の中にあるあのジップロックはなかった。
大川はその日着ていたもの、持っていったカバンを手当たり次第ひっくり返して探し回った。そして最後に自分が犯したとんでもない過ちを思い出す。
探し物であるジップロックは洗濯機の中から見つかった。袋は端に小さな穴が空いており、白い粉は全部溶けて無くなっていた。違法薬物は柔軟洗剤とともに大川の服をすすぎ洗いし、そして排水されて流れていった。
ここまで話を聞いて俺は呆れていた。人生にこれほどまでの災難があるだろうか。酒は飲んでも飲まれるなという言葉があるが全くそのとおりだ。
「流石にそのまま言うわけにはいかないから適当に言い訳したんだ。貰ったものだから返せないって。そしたらそいつこういうんだよ。それは人に売るために預かっていたもので別のをやるからそれだけは返してほしいって」
まあ、向こうだってそうしなきゃ自分の命が危ないだろう。上にいるのは恐らくヤクザとか外人の売人で大川の想像を超える金額がその百均のちゃちな袋で取引されているのだから。向こうも向こうで今必死になっていることだろう。下手したら指くらい無くしているかもしれない。
「で、お前は正直に言ったわけか」
「そりゃあ言うしかないだろ。だって別の薬やるからそれは返してくれなんていうものをずっと無いことに出来るほど俺はメンタル強くない」
「どうなったんだ?」
「どうもこうも返せないなら金を払えってことになった」
「それで五十万円か」
俺は内心金額に納得したように頷きながらもこの話をどういうふうにまとめようか迷っていた。これでこの秘密は墓まで持っていくから頑張れなんていうのもそれはそれで薄情な男じゃないか? 曲がりなりにも大川は大学の友人というポジションの男で、俺も友人はなるべくなら大切にしたい。
「この話誰かにしたか?」
「してない。こんな話お前に以外に出来るわけない」
ぐうっと喉から何かを必死に飲み込む音が鳴る。調子のいいことを言ってるだけだ。どうせ他の奴にもこの話をしてるさ。と言う俺と友達だろ? 助けてやれよ。という俺が今せめぎ合っている。
「なあ、俺金が払えないと殺されるかもしれねえんだ」
「分かったよ……」
俺はその一言で落ちた。
「ありがとう古州! 恩に着るよ」
正直言って昨日の今日で気が乗らないが俺には吾妻屋粳という最大の伝手がある。あいつに話を回してどうにかすることは出来るだろう。というか、こうするしかない。
沈黙の中を恐る恐る「でも俺お前に金貸してもらうのちょっと悪い気がしてきた」とこの期に及んで遠慮する大川に俺は「金は貸せないけどこういうことに強いやつを知っているから紹介してやるよ」と言った。
「本当か!?」
「まあ、何でも屋みたいなもんだけど」と一応その筋ではないから期待はしすぎるなという予防線を張るが、どうにかしなければ自分が落とし前つけて死ぬことになる大川は乗り気で連絡先を教えてくれと食い気味にスマホを取り出し押し付けてくる。
「連絡先は教えられない。俺が話を付けとくよ。向こうから連絡が返ってきたらお前に言う。それでいいか?」
そう言うと、大川の行き場のなくなったスマホがすっとポケットの中にしまわれた。頷き、それでいいとか細く返事をする。
「返金期限はいつまでなんだ?」
「三日後」
本当に切羽詰まってたんだな。
まあ、大川の言葉をまるきり信用するとして、理由は話せないけど五十万貸してくれなんていうやつに金を貸してくれるやつなんて普通いない。
感謝しろよ。依頼を二つ返事で受けるだろう吾妻屋に。
「分かった。伝えとく。今日中には連絡するから。まあ、うん、元気に生きろよ」
俺は大川の撫で気味の肩を優しく三回叩いた。彼は力なくありがとうと笑ってみせると図書室を出ていった。