1‐1 金は埋蔵金を掘って返す
施設の大人たちの大体は口を揃えて言った。「あなたはなにも悪くない」と。
俺はそして子ども心ながらこう思ったわけだ。「それは無理がある」と。加えてこうも思った。「子どもという俺の罪はないけれど、同時に俺を置いて死んでいった両親がなにも罪に問われないのはおかしい」とも。
俺は今でも自分の首に縄が掛けられる瞬間を夢に見ることがある。クローゼットだった。実家にクローゼットは小学生の俺がかくれんぼをするときによく使うくらい大きく奥行きがあって広かった。中には冬になったら着るコートが袋を掛けてかけられていた。俺はその奥に隠れるのが好きだった。だけど、その時の俺でさえそこに自分の首が掛けられることになるだろうとは予測すらしなかっただろう。
俺の両親はどっちがいい出したのか今となっては定かではないが一家心中を目論見、案の定それは俺の今の存在から分かる通り失敗したわけだ。
俺の人生とはそういうものだ。家族が一家心中して失敗して俺だけが生き残ってしまったからといって、それ以降の人生で他人に大きな影響を与えたかもしれないとしても絶対に何かで償いをしてほしいとは思わない。
それはたとえ、俺が吾妻屋の父親を殺して埋めたからといって吾妻屋に人生の貸しがあるだとか、返してくれとか償いをしろとは言ってほしくないわけで、俺だってそんなことつゆほど気にしてはいない。
俺としてはもう終わってしまったことを今更蒸し返されたくないだけだ。
俺はあれから家に帰って結局課題も何もせずに眠った。シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ瞬間から記憶がすっぽりと抜け落ちていた。次の日に吾妻屋にクッキーちゃんの依頼はどうなったのかを尋ねると半日経ってから連絡が返ってきた。今の時間まで眠っていたのだろう。誤字脱字が酷かったが、なんとか読み解いてみるともうしばらく時間を置いて骨だけを彼女の両親に届けることにしたそうだ。そのもうしばらくがどの程度なのかは詳しくは聞かなかったが犬が白骨死体となって発見されても不自然ではない時間だろう。
俺はそれがいいと思った。多分それがベストだ。事件性なんかいらない。吾妻屋の伝手によって死体は正しく発見され、正しく処理されるだろう。配慮によって人の白骨死体は誰に目にも触れられないし、事件にもならない。俺達が過去に正しくそうしたように。
「よっすー」
大川はいかにも徹夜明けですと言わんばかりの青白い顔で許可すらとることもなく俺の隣の席に図々しく座った。
別館にある図書室はほとんど古い歴史資料しか置かれていないため人の出入りが少ない。俺が今三限からの授業なのに午前に起きて大学までいるのもこの男に呼び出されたからだった。
「おはよう」
「おうおはよう。今日も古州が元気そうで俺は安心した」
俺からみるとお前は今にも吐きそうな顔色をしているけど。
「俺はさあ、昨日飲み会に行ったわけ。で、なにかを期待して飲んで飲んで飲み放題だから元を取ろうと努力したわけ。そしたらどうよ、俺は今日なぜか玄関で倒れ込んで寝てた」
そうだろうなと思った。大川の左の頬には鍵の跡がまだうっすらと残っていた。
それに大川の言う飲み会だって噂の天文サークルだろう。人はありとあらゆる出会いを求めて星を探すのだ。そんなあからさまなところで探すよりか普通のサークルに入った方が可能性はまだありそうなものだがそんな普通の考えをするやつは元から天文サークルになんか入らない。本当に天文が好きなやつは三日と経たずに消えていくものだ。
「ところでさあ、古州に折行ってお願いがしたいことがあるんだけど」
大川はそういって、机の上で手のひらを揃えて指先をこちらに向けた。頭こそまだ下げていないが今からこの男が何をするのかはおおよそ検討がつく。
「お金を貸して欲しいんだ」
そして額を手のひらに付けて頭を下げた。この前もそんなことを言っていたがどうやら本当に切羽詰まっているのだろう。いつものへらへらして金を貸してくれなんていう冗談ではなさそうだ。
「金額は?」
「貸してくれるのか!?」
「待てよ、まだ貸すとはいってない。金額と話を聞いてから考える」
大川は顔を上げて、それから周りをキョロキョロと見回してから耳打ちした。
「五十万」
「はあ?」
俺の驚きは静かな図書館で不釣り合いなくらい響き渡った。
「詐欺でも働いたのか?」
大学生になっていくらバイトが自由に出来るといっても五十万はまだ大金の部類に入る。それを貸してくれと周りの頼み込んでいるのだから相当な何かをやらかしに違いない。
「詐欺ならどんなに良かったことか」
「身内に不幸があったとか……なんだよ、黙ってないで何か言えよ」
「なあ、最悪金は貸さないでいいけどさ、俺が今から話すこと絶対に誰にも言わないでくれないか? 口止め料を払ってもいい」
「お前それは矛盾しているだろ。金が必要なのに払う金なんかあるのかよ」
「ないけど、絶対に誰にも言いふらされたくないんだ。墓まで持っていってほしい」
困ったな。俺は今日人の秘密を墓まで持っていく覚悟でこの大学に来たわけじゃない。相談を受けて、受け流していつも通りに帰宅するつもりで来たのだ。
だがまあどうせ入る墓もないのだし大川の言う俺の無口で硬派なイメージを保ってやるくらいはいいだろう。
「分かった。口約束しか出来ないけどな。まあ信頼してくれるならこのまま話しくれよ。聞いてやる」
「ありがとう、本当恩に着るよ」
恩に着るのは解決してからにしてほしいものだ。大川はまた周りを挙動不審なくらい見回して耳打ちした。