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作者: さむおど

◇ミズ

 転生してから1年。私は商店街の一角にある店ですくすく育っていった。


 生活空間と店としての空間はごっちゃになっている。いわゆる店舗型の家のように、1階は商いの場で、2階が家になっているような構造はしていない。


 私の部屋の壁はガラス張りになっていて、私の様子が外からもよく見える。まだ生後1年で、見えないと心配なのだろう。店長が通る前面はガラス張りでいいから、側面の壁はちゃんとした壁であってほしい。


 部屋には、植物がある。それがエアコンの振動によって揺らめいている。おそらくは見栄えをよくするためだろう。最新のオフィスでも同様に緑が部屋に取り入れられているが、それとは違う。知的生産性を高める訳ではない。


 暇だったので小説のネタでも頭の中で考えながら、部屋の中を元気よく、縦横無尽に駆け巡っていると、店長が現れた。アンパンマンの目を垂れ目にして、しわがついたようなおじさんだ。

「はいよ」そういって、夕食をくれた。


 食事は1日2回、朝と夜に提供される。私はそれをパクパクと、でも少し不満げに食べた。それもそのはず。出てくる食事が一向に変わらないのだ。いくらうまくても他のものが食べたくなる。最初の3週間は平気だったが、1か月もすれば話が変わる。でも仕方ない。そう、私はいわば奴隷なのだから。


 私の無言の圧力をよそに、店長は別の区画に移った。そして次々と同胞に食事を提供していった。それが終わると電気が消された。消灯の合図はなかった。


 朝。私は静かに目覚めた。腹が減ってもなくことはない。転生者だと気づかれないよう、なこうと思ったことがあるが、その必要は全くなかった。なぜならなく者は一切いなかったからだ。私たちはそのように改良されたのかもしれない。


 朝食の後、少しすると子供連れの客が入って来た。商品をじろじろ見ている。


「ママー! これがいい!」子供がドアップで私に指をさしてきた。

「買ってあげるのは一匹だけよ。よーく考えなさい」と、母親がさとす。

「はーい」私のマークは外れ、子供は同胞たちの方へ向かった。


 子供なりに熟考したのだろう。十分ほどたった頃、また子供が私の前に現れた。そしてこういった。

「やっぱり……これ!」私の運命は決まった。


 私は母親の自転車の前かごに置かれた。それに揺られている間、少し考え事をした。生後1年ほどの奴隷を買う意味ってなんだろう。ただ働かせたいのであれば、大人なのが普通のはずだ。……裏切り。ふとそう思った。小さい頃から育てた方が、主に恩を感じ、忠誠を誓うはずだ。そうして裏切りを防ぐ。なるほど。案外この子供、侮れないかもしれない。


 そして彼らの家へ連れてこられた。ありがたいことに、ここでも自室が与えられた。賑やかなリビングに面した場所だ。全面ガラス張りなのは相変わらずだが仕方ない。それから、願わくば店での食事とは別の食事が出ますように。でも被るなんてことは確率的にほぼあり得ないから、この願いは叶ったも同然だろう。


「ふん」子供はガラス越しに私を見据えて、満足気な様子。

「お前に名前を与えてやる! ええと。名前は……。しっかり考えてたのに。そうだ! ミズ! それがお前の名前だ! これからはそう名乗れ! はっはっは!」

 私は期待した。名づけによって何か特別な力が得られるのではないかと。でも、そんなことはなかった。第一相手は子供。仮に得られたとしてもショボそうだ。いや、それ以前に(子供に淡い期待をいだいてしまうなんて……)。私は自分を恥ずかしく思った。


「餌、忘れずにね。また死んじゃったらあなたの責任よ」母親が注意を促す。

「わかってるよ、ママ」子供はむっつりと返した。


 餌……! 期待が高まる。でもそういえば、朝はもう食べたんだった。今は正直いらないな。


「食え!」子供は勢いよく餌をばらまいた。

 香りを嗅いだ瞬間にわかった。店のと変わらない。フラグを立てた自分を存分に呪った。どうやら奴隷フードなるものがあるらしい。私とセットで買ったのだろう。

 食指は動かなかった。でも食わなければ。半分ほど食べたところで、吐きそうになった。この体、もしかしたら食べ過ぎることができないのかもしれない。少量の食事で済むように改良されてしまったせいで。いや、ただの憶測か。なんとか平らげることができた。


 私が引っ越してきてから数日後。事件が起きた。冷蔵庫にある特製プリンが何者かに食べられたのだ。母親は子供がやったのだと断定し、怒っていた。


「ミズだよ! きっとミズがやったんだ!」子供は必死に弁明している。

 私はそれにすぐに気づいた。いわゆる、カクテルパーティ効果ってやつだ。もちろん私はやっていない。母親は私を一切見ることなく、子供を見据えた。

「何バカなこと! 認めなさい! 自分がやったと!」

「やってない! 僕はやってない! やってないったらやってない!」子供は断固否定の立場だった。


◇父親

 全く、特製プリン1つでこんなことになるなんてな。なくなったら買えばいい。それだけじゃないか。コホッ、コホッ。俺はそんなひもじい生活を家族に強いているつもりはない。収入は多い方じゃないが、少ない方でもないはずだ。


 お母さんはこう言った。私は楽しみにしていたプリンがなくなったことに怒っているのではありません。息子が嘘をついたことに対して怒っているのです。息子が認めてくれればそれで済んだのです。私は平気で嘘をつくような子には育てたくはありません。


 確かにミズがやったというのは嘘だろう。それはお母さんと同意見だ。そして、俺は食べていない。お母さんが嘘をついていることもないだろう。くだらない嘘をつく相手と結婚なんかしない。家族は3人。それから1匹か。すると、息子がやったとしか考えられない。


 書斎であれこれ考えていると、誰かが扉を叩いた。そして息子が入って来た。

「お父さん、お菓子―! それからお茶―! お仕事頑張ってね!」

「おう。コホッ。ありがとう息子よ」なんて気の利くいい息子なんだろうか。


 俺は息子を信じたい。だから仮にミズがやったとしようじゃないか。まだ生後1年のミズが。でもどうやって? まずガラスに阻まれ、冷蔵庫までたどり着けない。仮にたどり着けたとしよう。でも冷蔵庫を開けることはできない。第一に、全然届かないだろう。届いたとしてその力がない。誰かが手助けをしたなら可能だろう。だけど誰がそんなことをする? 一体なんのために?

 つー訳だ。息子にもきっと事情があるのだろう。まぁそれで嘘が正当化されることはないけれど、父親が出る幕じゃないわな。お母さんの方でなんとかしてくれるはずだ。それに2人がかりで責め立てるのもどうかと思うしな。


◇ミズ

 それから1週間がたったころだろうか。また事件が起きた。

「まただわ! またなくなってる!」冷蔵庫を開けた母親はそう叫び、すぐに息子を呼んだ。


「なにー? ママ」子供は呑気に部屋から出てきた。

「あんたね、またやったでしょ」母親は詰め寄る。

「何のこと?」

「プリンよ! よくもまた食べたわね!」

「知らないよ。僕じゃない。きっとミズだ」と、子供は冷静に答えた。

「そんな見え透いた嘘をよくもまぁ!」母親はカンカンになった。


 私はやってない。と今回も言うつもりはない。というのも実際、私も食べたのだ。今日の夕食として、子供がいつもの食事の代わりに与えてくれた。私はいつもと違う食事に喜んだ。もちろん全部は食べてない。ほとんどは子供が食べた。だから、今回の子供の言い分は全部が全部嘘という訳でもない。


◇父親

 またか。うんざりする。コホッ、コホッ。嘘をつく息子。責め立てるお母さん。平穏な家庭とは、かけ離れたようなものになってしまったと感じる。


 それにしてもまたミズか。こう何度も言われると、息子の言い分は単なる言い訳ではなく、本当にそうなんじゃないかと思えてくる。確かに、こんな事態が始まったのはミズが家に来て以来だ。ミズは実は超能力を持っていて……ってバカらしい。ここは現実世界だぞ。超能力、エスパーとは無縁の世界だ。


 コホッ。全く関係ない話になるが、この慢性的な咳はいつからだろうか。息子が小学校に上がってから始まったような。もうかれこれ2年が経つのか。時の流れは速いな。医者に相談しても風邪じゃないというしで、原因がわからない。

 でも幸運なことに母親がブルーマタニティだった頃の俺はピンピンしていた。あっちの調子も……っていけね。コホン。いいか、俺はEDじゃないぞ!


◇ミズ

 2回目の事件が起きた日の夜、私はうなされていた。腹痛のためである。初めてのプリンに体が慣れていなかったのだろう。それから生後1年というのもきわどいラインだな。プリンに含まれる卵、牛乳はアレルギーの原因でもある。くそ。腹が痛い。こんなことなら食べるんじゃなかった。


◇父親

 次の日。事件が起こった。ミズが死んだのである。息子が朝、浮かんでいるところを発見した。死んでいることは誰の目にも明らかだった。確かまだ生後1年ほどで、寿命を全うしたとは思えない。いくら金魚といっても2年くらいは生きるのが普通じゃないだろうか。


 不審な死であったが、息子は毅然とした態度だった。買ってきた本人が一番ショックを受けていると思ったがそうではなかった。むしろこう言い放った。


「プリンを食べた罰だよ。きっと」


 その言葉に少し戦慄を覚えた。魚は人の食べ物を消化できないと聞いたことがある。だから罰でもなんでもなく、ミズがプリンなんて食べたら死ぬのは必然だ。まさか本当にミズが食べたんじゃ――。


 なんてまたバカなことを考えちまった。プリンは2度、何者かによって食べられているんだ。やったのがミズだとして、どうして2度目で死ぬんだ? 普通に考えて1度目で死ぬはずだ。


 じゃあなぜミズは死んだんだ? 息子はちゃんと餌をやっているって言う。また嘘だったり? いや、何もかも嘘と決めつけるなんてかわいそうだ。


 まぁ世の中わからないことの方が多い。その方が自然だったりしてな。少し楽観的過ぎるか。でもそれならそれでいいや。


---


 10年後、父親は死んだ。息子に殺されて。


 息子を手の付けられない化け物だと感じた母親は、その1年前に離婚していた。

 父親の運命はその時に決まった。

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