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#8 告白

「ようことの儀式をおねえさまに・・・?」



 思わぬ申し出に、私は震えました。

 あんな妄言(もうげん)をおねえさまが覚えていて、実現する機会をくださるなんて。


 でも、いまの私は麻縄で縛り上げられているありさま。

 この姿でおねえさまの首筋を噛むなんて、想像するだけで体中から変な汗がにじみ出てきます。



「この姿のままでは、恥ずかしいです。」



「・・・できないなら、ニセモノだよ。」



 おねえさまは興ざめしたらしく、スッと立ち上がると部屋から出ていこうとしました。



「待ってください!」



 私は精いっぱい声を張りあげました。

「置いていかないで・・・!」



「キミは、どうしたいの?」



「・・・縛られて身動きができないのです。私のすぐ近くまで来て、首を見せてもらえますか?」



 おねえさまは驚いたような顔をされましたが、すぐに私に近寄ってくださいました。

 それから着ていた黒の()()()()シャツの布を下にめくって、白い首をみせました。



「これでいい?」



 私は観念しました。

 そして、憧れ(した)うおねえさまの首筋に歯を立てたのです。



「ハァ、ハァ・・・。」



 歯が震えるのと体勢が合わずに噛めなくて、何度も唇をつけてはやりなおしました。



「ッ・・・。」



 深く噛んだ時、おねえさまが暗闇のなかで低く(あえ)ぎました。

 目をギュッと閉じると厚ぼったい涙袋が押し上げられて、切れ長の目じりは(かす)かにきらめきました。


 私は夢中で儀式を行いました。

 暗闇の中で手足を縛られながら、意中の相手の首を噛むなんて・・・!


 証明のためとはいえ、こんな破廉恥(ハレンチ)なふるまいをする令嬢を、おねえさまはどう思っているのかしら・・・。

 気分は高揚していますが、頭の中はボワッと(かすみ)がかかっており、とても妙な気分でした。


 

「みつき。」



 おねえさまは私の名を呼ぶと、そっと身体を優しく抱き寄せてくれました。 

 おねえさまの身体から薔薇のにおいがして、私はこの甘美な時間が現実なのかを考えました。



「本当にみつきなんだね。夢みたいだ。」



 私の身体を戒める麻縄にふれると、おねえさまはうなだれました。

「いじわるなことをしてごめんね。ボクに幻滅した?」



 私は赤い鼻をすすりながら首を横に振りました。

 どんないじわるをされても、おねえさまに幻滅なんてできるわけがありません。

 

 おねえさまは私の縄をほどいて畳に座らせました。

 それから、私の手首に残った赤い跡を見て、いつの間にか用意されていた氷のうで丁寧に冷やしてくれました。



「驚いてしまったんだ。

 突然、【みつき】と名乗る可愛らしい少女が現れて、しかも若い男と一緒に居たから。

 嬉しさと嫉妬を同時に経験したのは、生まれて初めてだ。」



 とんだ浅はかな行動。

 私はおねえさまの気持ちも考えずに、ただ自分の欲望を優先してしまったことを深く恥じました。



「ご心配をおかけしてゴメンなさい!

 もう二度と、おねえさまに秘密は作りませんから。

 また私がおかしな行動をした時にはどうぞ(ばっ)してください!!」


 

 床に伏せるように土下座した私を起こすと、おねえさまは頭を撫でてくださいました。



「せっかくみつきが訪ねてくれたのに、変に勘ぐったボクもどうかしてたよ。

 許してね。」



 私は感極まって、涙を流しました。

「おねえさまが世界でいちばん大好きです。」



「ボクも愛してるよ。」



 そう言うと、おねえさまは私の頬にその頬をすり寄せました。


 ああ。

 想像をはるかに超えるおねえさまの【純愛】を受けて、私はもう、本当にいつ死んでもいいと思えました。



 ゴーンゴーンと柱時計の時打が鳴り響き、おねえさまがそちらに顔をあげました。



「遅くなってしまったね。今日はもうおうちにお帰り。車を用意しよう。」



 私は部屋を出ようとなさるおねえさまの腕にすがりました。

「あのッ・・・。

 私は今まで通り、こちらに手紙を出してもいいのでしょうか?」

 


 白亜岬(はくあみさき)での出来事を話すか迷いましたが、私はこれ以上おねえさまにご心配をかけることはできないと思い、そのことは胸に秘めることにしました。



「ああ、盗難があったからね。」

 おねえさまは少し考えると「ちょっと待ってて」といい、部屋を出てまたすぐに戻ってきました。



「手を出して。」

 言われた通りに手のひらをみせると、乗せられたのは小さな紙きれでした。



「錦町郵便局の私書箱の番号だよ。ここに出すなら誰にも手紙を盗られる心配はないでしょう。」


 

 私は文通を続けられることにホッとしました。

 電話という手もあるのでしょうけど、やはり秘密のシスタア同士の会話は、家族に聞かせたくはありません。



「気にかけてくださり、ありがとうございます。」



 私は部屋を出る前に、おねえさまを熱っぽく見上げました。



「また、近いうちにお会いしてくださいますか?」



「もちろん。今度は罰したりしないよ。」



 言葉を失う私を見て、おねえさまはクスクスと笑いました。

「みつきが望むならいくらでも縛るけどね。」 


 

「からかうなんて、ひどいわ。」



「怒るすがたも可愛い、みつきが悪いんだよ。」



 両手で顔を覆った私の耳元に、おねえさまはそっと囁きました。



「次に会ったら【秘め事の儀式】を、今度はボクからみつきにシてもいい?」


 

 私は頬を赤らめてコクリと頷きました。



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