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憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~  作者: ゆきんこ


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#33 向かい風の逃避行

気球(アドバルーン)⁉」



 眼前に広がるありえない光景に唖然とする私。

 なぜ帝国ホテルの屋上にこんなものが・・・⁉

 

 はじめて気球が東京の空に出現したときは、未確認飛行物体だとか世界の終わりだと人々を震撼させました。


 が、人はすぐに慣れるもの。

 化粧品の宣伝用にのぼりを下げてプカプカ浮かんでいる光景は、大正の世では当たり前の日常です。


 私が目にしている気球はそれに酷似しています。でもよく見ると、横断幕の代わりに大きな籠のようなものがロープで結びつけられています。


 ガスバーナーを扱っていた男が、振り向いて笑いながらこう言いました。

「広告気球とは違うな。これは乗船可能な陸軍の軍用熱気球だよ。」



 私は話しかけてきた男の顔を見て「アッ!」と目を丸くしました。

 なぜなら、私の良く知る人物だったからです。



「お父さま!」



 作業着姿のお父さまは、涙を浮かべながら駆け寄る私を胸に受け止めました。



「この数か月、いったいどこにいたのですか? 私、私・・・。」



「辛い思いをさせて、悪かったね。」



 紘次郎の一方的な婚約宣言と当主交代劇のあと、一度も顔を見せなかった父上。

 思いが堰を切ってあふれだし、私は涙が止まりません。



「紘次郎・・・私はアイツに騙されたのだ。」

 父上はギリッと歯を噛みしめました。



「一年前から金利上昇のせいで債権の株価が下がってしまってね。

 金融不安に駆られた顧客の出金に歯止めが利かなくなり、銀行が資金不足になってしまった。

 紘次郎には権限を与えて相談に乗ってもらっていたのだが、気づいた時には公爵家の全事業を乗っ取られてしまったのだ・・・。」



「えっ。」



 父上の告白に、私は愕然としました。



「お父さまは銀行の再建のために、紘次郎を当主に任命したのでは?」



「物は言いようだな。」

 お父さまは苦虫をかみつぶしたかのような渋い顔をしました。



「金利上昇の引き金になったのが綾小路家が保有する不動産の連続買収なのだが、内部の情報漏れを疑うような不自然な取引が多いんだ。

 ―もしかすると私たちは、紘次郎の手のひらで転がされていたのかもしれん。」



 頭が切れる紘次郎ならば、やりかねない。

 私は悪夢の断片を頭によぎらせながら、身震いしました。



「だが路頭に迷っていた私に、麗くんが陰ながら手を差し伸べてくれてね。

 それがなかったら、今こうしてお前の顔を見ることも叶わなかっただろう。」


 

「麗さまが?」

 私はお父さまの目線の先にいる、静かにたたずむ麗さまを振り返りました。



「綾小路家から『当主の交代により婚約は破棄する』と一方的な連絡がきた時におかしいと思ったんだ。

 そこで新しい当主の紘次郎について調べてみると、ずいぶん闇の深い人物のようでね。

 人格も仕事も、表と裏の顔に隔たりがあるようだったから、普通の交渉ではみつきを取り返せないと思ったんだ。

 それでヤツを油断させるために、ボクが軍隊に徴収されて海で行方不明になったという芝居をうった。

 君の親友のようこに協力してもらってね。」



 麗さまの言葉に呼応するように、お父様は声を荒げました。



「紘次郎の腹の底を見抜けずに、怪物を後見人としてわが家で育てていたなんて・・・しかも、もう少しで大事な一人娘まで差し出す手前だったと思うと、自分への怒りで震えが止まらないよ。

 みつき・・・本当に申し訳なかった!

 紘次郎の悪事を白日のもとに晒すまで、麗くんとこのまま逃げておくれ。」



 こんなにも感情を表に出すお父さまを見るのは初めてです。

 私を紘次郎から救いだすために水面下でみんなが協力していたことに、私は胸がいっぱいになりました。



「私、いつもふわふわして辛いことから逃げてばかりで、自分のことしか考えていませんでした。

 知らなかった。みんなが私なんかののために、こんなに頑張ってくれていたなんて・・・。」



「【みつきのため】だからだよ。

 もっと自信をもって。みつきのことをみんなが大好きだから協力したんだよ。」



 紘次郎に言われていた『気弱なのがあなたらしい』という言葉とは真逆の言葉。

 私は優しい人たちに囲まれて、泣きながら笑ってしまいました。



「ハイ、努力します!」



 麗さまは微笑みながら私の涙をハンカチで拭いてくださり、今にも崩れそうな黒い雲を見上げました。



「ただ、この天気では気球が安定して飛ぶかわからない。

 風にあおられて操縦が不能になったら、本当に心中してしまうかもしれない。」



 その時、女性の金切声がわたしたちの間を切り裂きました。



「麗!」

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