#3 ようこと私の探偵ごっこ
「ごきげんよう、ようこ。」
「ごきげんよう、みつきさま。」
私を見つけた途端、子犬のようにコロコロと駆け寄ってきた【ようこ】は幼馴染の親友です。
いつも太陽みたいにエネルギッシュな令嬢のようこが私は大好きでした。
「もう、おからだの具合はよろしいの?」
「ご心配をおかけしました。もう、すっかり良くなりましてよ。」
ここはアッサム高等女学院。
お金持ちの資産家か名のある華族、もしくは政治家や医者などの娘しか入ることを許されない、男子禁制の園です。
私はあの【心中事件】のあとに高熱が出て一歩も動けず、学業を一週間ほどお休みしていました。
「良かったですわ。」
ようこが、ホッとした顔で私の横の席に腰をかけます。
「ところでみつきさま、お悩みになられていた婚約者の五色少尉さまとはお会いになられたのですか?
これは風の噂ですけど、少尉は美青年だけど冷酷な男なんですって。
しかも、戦場で仲間を売って逃げ出した時に目を負傷して、常に黒い眼帯をつけているとか!
ああ、噂だけでも恐ろしい方ですわ。」
その噂は耳には入っていたけれど、あらためて親友から聞くと不思議と真実味を増します。
私は極度の男性恐怖症。
近い将来のことを考えると「死にたい」と考えるほど気が病み、今にも倒れてしまいそうでした。
「本当に怖いわね。お父さまには女学院卒業と同時に結婚をすると聞いていますから、あと一年くらいは顔は合わせなくて済むと思うわ。」
「イヤイヤッ! わたしのみつきさまが男の人のものになるなんて・・・。」
ようこは子供のように激しく首を振ると、大きな瞳に涙をためて私の手を握りしめます。
少々、感情の起伏が激しいのですが、決して悪い娘ではありません。
それからひと目をはばかるように、ようこは教室のカーテンのタッセルを解くと、布の中に私を招き入れました。わたしたち女学生は人の多い教室内で秘密の話をするときには、決まってカーテンの中に入ってお喋りをしていたのです。
昼間だというのに闇の中、しかもお互いの体温を感じる至近距離で耳打ちをしあうというのは、ちょっぴり刺激的な行為でした。
声の音量を絞って、ひそやかにようこは耳打ちしました。
「時に、文通相手の猿渡さまとの逢引きはされなかったのですか?
【心中】なんて物騒なこともおっしゃっていたから、私はずっと心配していたのですよ。」
「いいえ。それがね・・・。」
休日に起きた身の上話を、私は赤裸々にようこにしてさしあげました。
すると、暗くてもわかるくらいに顔を真っ赤にして、ようこは興奮してしまいました。
「なんなんですか、そのおなごはァ~!
突然現れて人の恋路を土足でふみにじるなんて、許せないッ!」
「シッ、声が大きいわ。
でもね、その女性の言うとおりなのよ。
おねえさまをよく知らないまま【心中】しようなんて、私は思い上がりもいいところだったわ。
今はとても反省しているのよ。」
「もうッ、みつきさまはお人よしなんだから!
それにしても、何かが変ですね・・・。」
ようこはあごに手を当てると、うーんと唸りました。
「うららさまに宛てた手紙をどうしてその女が持っていたのかしら。
逢引きされることを事前に本人から聞いたのでしたら、手紙を持っているのは不自然ですね。
うららさまが姿を現さなかったのも気になりますし。」
「私もそれは気になっていたのよ。」
私は通学カバンから白亜岬で拾い集めた手紙とおねえさまから頂いた手紙の束を取り出すと、ようこに見せました。
「あと、私たちは一年前から文通を始めたのだけど、この手紙は七日分しかないの。」
「見せて頂いてもよろしいですか?」
虫メガネを取り出したようこは、おねえさまから来た手紙の一枚一枚に目を通します。
「ふふ。ようこったら、探偵のようね。」
私もあらためて自分が書いた手紙を一枚ずつ、読み返してみました。
そこには、おねえさまを狂おしく想う気持ちと政略結婚への憎しみとが混沌とつづられていて、その時の感情がフラッシュバックするようで、とても切なくなりました。
「アッ、これは・・・違う!」
その時、虫メガネで手紙を見ていたようこが、口に手をあてて顔色を変えました。
「どうされたの?」
「みつきさま、これを見て!
【心中】の手紙を書いてきたのは、うららさまではないかもしれません‼」