#27 ずっとこうしたかった
雷で打たれたかのような衝撃。
あまりの非常事態に、私は気が動転してどうにかなってしまいそうです。
「私・・・帰らなきゃ。」
ソファの手すりにすがりつつ、ようやく立ちあがった私の手を紘次郎が捕えました。
いつも私を壊れ物のように優しく扱う紘次郎が、今日は無遠慮なまでに大きな手に力を込めるのです。
「帰るって、どこに?
ここがあなたのおうちなのに。」
「離して。
私はもう、麗さまのものなのです。」
紘次郎は私を引き寄せると、その胸に強く抱きました。
テーブルの上の茶器が、私の膝がぶつかった振動でガチャッと耳障りな音を立てます。
「な、何をするの?」
「どこにも行かせない。
もう私は、二度とみつきを手放したりしません。」
「紘次郎、痛いわ。」
紘次郎は全く私の話を聞く耳を持たず、なおさら私をキツく抱きしめます。
(怖い!)
私は次から次に巻き起こる事態に思考が止まり、ただただ、ここから逃げ出したい気持ちでいっぱいになりました。
紘次郎への信頼は脆く崩れ、私の頭の中を支配するのは今だかって感じたことのない恐怖心でした。
「ずっと、みつきが好きでした。」
突然の告白。
うずくようなかすれた囁き声が耳元に届き、私は紘次郎を仰ぎ見ました。
「冗談・・・よね?」
何もかも冗談で、私をからかっただけだと言ってほしい。
私のささやかな願いは、一笑に付されました。
「みつきは私にしか触れることができないのですから、私たちが結ばれるのは自然なことでしょう。」
「わ、私たちは、親戚ですわ。血がつながっておりましてよ。」
「薄い血のつながりが何だというのですか? いとこだって結婚できるんですよ。
それとも、私のことがお嫌いですか?」
「紘次郎のことは・・・嫌いではないわ。
でも、私の真に愛しい人は麗さまなの。」
「ハッ、【真に愛しい】?
あんな女装趣味の変態男のことが?」
「なぜ、そのことを・・・!」
「【猿渡うらら】を調べていたら、偶然【麗さまのいとこ】と名乗る女性にお会いしたのです。
秘密はすべて共有したんですよ。」
私はうららの美しくも邪悪な笑みを思い出して、ゾクッとしました。
「天下の帝国海軍の少尉が、女装趣味だなんて面白い特報記事ですよね。
しかもその妻が公爵令嬢だなんて、悪趣味な三流小説のようだ。
世間の笑いものになるのは五色家だけで十分でしょう。」
「ひどいわ。」
あまりの暴言に吐き気がぶり返します。
「ひどいのはみつきだ。」
紘次郎は切なげに眉根を寄せて、私の頬に両手で触れました。
「私の気持ちを知ろうともせずに、自由気ままに振舞ってきたじゃないですか。これはその代償ですよ。
それにどうせ、戦局が進めば軍人は最前線に駆り出されて会えなくなる。
もう、忘れてしまいなさい。
昔も今も、みつきの隣は私だけのものだ。」
そう言うと、紘次郎は私に顔を寄せました。
キス・・・される・・・。
「イヤッ!」
私は驚いて紘次郎に抗いました。
でも男性の力に敵うはずもなく、すぐに私は紘次郎の腕の中に囚われます。
「もう、離しません。
ずっと、あなたを想ってきた。
ずっと、こうしたかった。」
貪るように私に覆いかぶさる紘次郎。
私は手足を滅茶苦茶に振り回して暴れました。
「やめて!」
「・・・そんなに、私を受け入れるのが嫌なのか。」
傷ついた顔の紘次郎が私から離れると、ホッとしながらも私も胸が痛くなりました。
「・・・ごめんなさい。」
「許さない。」
返答した紘次郎のいつもの温和な口調と紳士な態度は、どこにもありませんでした。
私を睨む形相はゾクッとするほど冷酷で、恐ろしい雰囲気を醸し出しています。
「あなたは私だけの理想の令嬢です。逃がすものか。」
紘次郎がそう言い捨てて部屋を出たあと、外から鍵がかかる金属音がしました。
「何をするの、紘次郎‼」
「もとに戻るまで、みつきさまには矯正治療が必要です。
正しい認識が出せるまで、この部屋から出ることは禁止します。」
「正しい認識ですって・・・⁉」
扉の向こうから紘次郎が部屋から遠ざかる足音が響き、私は膝から崩れ落ちました。




