#25 あなたの心は誰のもの
(離れられない関係?)
八重子が話していた【麗さまが大切に思っている方】という言葉が、うららの発言と妙に符合します。
私はショックで口をつぐみました。
「事情はよく知らないけど、うららさん、あなたはとにかく麗さまにラブなのね。」
ようこはうららを威嚇するように口火を切りましたが、うららは好戦的に返しました。
「そうよ。だから何?」
「麗の苦悩を知らない小娘が【婚約者】という肩書だけで麗の隣に並ぶなんて、考えただけで虫酸がはしるわ。」
「あなたが納得しなくてもよくってよ!
人生の伴侶を決めたのは麗さまなの。現実を受け止めたら?」
「部外者のくせに、何よ!」
ようことうららが火花を散らして言い争いはじめ、私は二人の間に割りこみました。
「二人ともやめて!」
間近で見るうららは、美しいけど迫力満点。
情念にまかせて気炎を吐くさまは、まるで恐ろしい般若のようです。
全身にヒシヒシと見えない憎しみのかたまりがぶつけられるのを意識しながら、私はゆっくり、でもハッキリと彼女に物申しました。
「私、確かに頼りないし、無知すぎる婚約者かもしれません。
あなたの誘いに乗って心中しようとしたり、【シスタア】のくせに麗さまによろめいたりして。
でも、いまは浮ついていた自分の気持ちがはっきりとわかったんです。
私は【おねえさま】ではなく【麗さま】が好き。
麗さまとなら夫婦になることができるって、自信を持って言えます。」
「・・・そういうところが気に入らないのよ!」
うららは耳を両手で塞ぎ、大声でがなりたてました。
「麗のことは私が世界的で一番よくわかっているの!
見てなさい、最後に嗤うのは、私よ‼」
うららは目の前にいたようこを突き飛ばしました、
呆気にとられる私たちを尻目に、うららは足早に非常階段を降りていきました。
※
「ようこ、大丈夫ですか?」
私は荒い息を吐いて壁にもたれかかるようこに手を貸しました。
「とんだ令嬢ですわね。
あの方に関わりがある家に嫁ぐなんて、ああ恐ろしい。
ようこはみつきさまが心配です。
今からでもお父上と相談して、麗さまとの婚約は考え直していただいたら?」
「それはできないわ。」
私はきっぱりと告げました。
「麗さまとの婚約は決められたことだけど、それを受け入れたのは麗さまが好きになったからなの。
私は麗さまに対する【純愛】を全うしたいのです。」
「み、みつきさま、あなたは、ほんとうに麗さまのことを・・・。」
私はようこの制服についた埃を手で払いながら謝罪しました。
「私の事情に巻きこんでしまってごめんなさい。」
「ようこは巻き込まれたくて参上したのよ。」
ようこは少し寂しそうな顔で儚く笑います。
(そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。)
私は不安を払拭させようとして、ようこの肩を抱き寄せました。
「ようこ、だいすきよ。」
【シスタアの秘密の儀式】をしようとして首筋に口をつけようとしましたが、私の願いはかないませんでした。
ようこは優しく私の胸を押し戻したのです。
「エッ?」
「もう、儀式はやめましょう。」
どうして?
私は戸惑ってようこの顔をのぞきこむと、ようこは天井を見上げました。
「こころが無くては嬉しくありません。
みつきさまのこころは、いま誰のものですか?」
私に背を向けて再び階段を登るようこの後ろ姿が、夕日に溶けて眩しく映ります。
私の胸には見えない棘が奥深くまで入りこんでしまったようで、それはようこの後ろを歩くたびにチカチカと痛むのでした。
※
「綾小路さま、ごめんなさい。」
天文台に戻ると華乃さまはすっかり冷静になっていました。
それどころか意気消沈してしまい、うなだれて私に謝りました。
「私、どうお詫びしてよいかわからないくらい。
すっかりうららさまに骨抜きにされていたし、盲目だったわ。」
「いいのよ。」
私はそっと華乃さまの肩に手を置きました。
「私にも、その恋に狂う気持ちが痛いほどわかります。
それにあなたはすでに、私を傷つけるよりも深く傷ついているみたい。」
華乃さまは嗚咽混じりに私の手を握りました。
「懺悔の代わりに、私が知っていることはみんなお話します。」
「うららと麗さまの関係を教えてくださる?
どうしてうららは私を目の敵にするのかしら。」
「うららさまはね、五色麗さまのいとこなのですわ。」
「いとこ?」
「長年麗さまのお近くにいて、ある秘密を共有しているとか。
こんなにも恋焦がれていているのに、血縁関係だから受け入れてくれないといつも嘆いていらっしゃったわ。」
ようこが唇を尖らせました。
「それじゃあ、うららは【エス】ではないぢゃないの。」
「ええ、そうよ。うららさまを勝手に慕って勝手にお役に立ちたいと行動していたのは私の身勝手。
あの人がどんなにつれない態度をしようが、私を利用して悪事をさせようが恋した方が負けなのです。」
私たちのこころに華乃さまの声が水のように染みわたり、やがて静寂が夕闇を運んできました。
恋とは、かくも恐ろしき少女たちのこころに住まう魔物のようなものなのです。




