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ターコイズな少女   作者: 物書きの端くれ
2/2

ターコイズな少女 後半

 ──鉱物眼症、簡単に言えば両眼球が鉱物で出来ていることを指す言葉だ。生まれつきが多く、生まれてから、鉱物眼症になったという人たちは限りなく少ない。そもそも、鉱物眼症の人間が稀だ。

 その確率は……、知らないし、興味もない。ただ、僕の周りには一人鉱物眼症の人がいたというだけだ。それが、たまたまダイヤモンドというこれまた珍しい鉱物眼症の人だったわけだが。


 そして現在、色々あって僕の職場、叔父から受け継いだ喫茶店には二人の鉱物眼症の人たちがいた。

 一人は今言ったソープ嬢をしているダイヤモンドの炭素さん。もう一人は男三人組を相手にカッターナイフで戦っていた少女だ。名前は知らないが、少女の両目はターコイズだ。所謂、トルコ石のことになる。一先ず、ターコイズな少女、と言うわけだ。


「ふ~ん、母親が知らない男とセックスしているから、君が邪魔だと。それでアパートを離れて一人夜道を歩いていたらあの馬鹿な男たちに絡まれた。あわや犯されるところをカーディガンに入っていたカッターナイフで反抗したと。そこにボクらが駆けつけた。なるほどね~」

 炭素さんは途切れ途切れ話すターコイズな少女の経緯を真摯に聞いて、まとめていた。

 僕はと言えば、少女が襲われたあの真っ暗な路地に少女自身が落としたカッターナイフを観察していた。

 少女には「悪いけど、預からせてもらうよ」と言うと、黙ったまま、こくりと頷いただけだった。

 何てことはない、何処にでも売っているただのカッターナイフだ。あの男三人組のうち一人の血が刃にこびり付いていること以外を除けば。


 あとは、カッターナイフの裏側にはシールが貼ってあった。名前を書くためのシールだ、よく小学生が持ち物に貼るような。そのシールには「芽衣子」とだけ書いてあった。苗字は書いてない。ターコイズな少女の名前なのだろうか……。気になった僕は少女に聞いてみることにした。あまり気は進まないが。


「ね、ねえ、君」 僕の声かけに俯いていた少女は顔を上げる。少女のターコイズの目と僕の普通の目が合う。

「お、短足青年からも質問があるようだね。悪いけど、答えてやってくれ」 炭素さんは少女を諭してくる。少女は何も言わず、こくりと頷いた。

「君から預かっているこのカッターナイフだけど、裏に名前が書いてある、芽衣子と。これは君の名前なのか?」

 しばらくの沈黙の後、少女は「違う」と答えた。

「じゃあ、君の名前は? それにこの芽衣子って言うのは誰の名前なんだ?」

「待て、待て。そんなに質問攻めしたらかわいそうだろう。まったく乙女心がわかっていない」 炭素さんは僕を戒める。少女は何も言わない。僕は一人溜息をついた。その時だった。


「──私は、そよかぜ。ひらがなで書く。芽衣子は、昔遊んでくれたお姉さん。芽衣子姉ちゃんって呼んでた。カッターナイフは最後に会ったときにもらった物。もう何年も会ってない……」

「そ、そうか……。わかった、ありがとう」 僕はターコイズな少女、改め、そよかぜに頭を下げてお礼を言った。

 ほっ、とした。なんだ、普通の子だ。カッターナイフの刃を向けられたことが少しトラウマになっているのかもしれないと僕は思った。

「いいえ。ナイフを向けてすいませんでした」 そよかぜも頭を下げてくる。

「おお、なんだ。みんないい子じゃないか!」 炭素さんは一人でなんだか盛り上がっていた。


 僕はそよかぜに温かいココアを作ってやる。炭素さんは勝手にまたウイスキーの水割りを飲んでいた。自分にはコーヒーを淹れた。何度も言うが、ここは喫茶店なのだ。

「あ、あの……。私、少ししかお金持ってない、です」 そよかぜの前にココアを置いたときだ、少女は申し訳なさそうに言った。

「いやいや、ぜんぜ……、」

「気にしなくていい。何なら、食べたいものがあったらこの短足青年に言うがいい」 僕の言葉の途中で炭素さんが割り込み、好き勝手に言う。

「炭素さんは少し、気にして下さい。ウイスキー代は後でもらいますからね」

「わかった、わかった。まったくケチだな~。そんなんだから短足なんだぞ、君は」

「余計なお世話です」 炭素さんといつものような、やり取りを繰り広げる中、それを黙って聞いていたそよかぜは突然「あっ!」と声を上げた。


「どうしたんだい?」 

「どうした?」 僕と炭素さんの声が重なる。

「い、いえ……。一つ言い忘れてました。そのカッターナイフをくれた芽衣子姉ちゃんなんですけど……、」  そよかぜはそこで言葉を詰まらす。恐らく話すのが苦手なのだろう。まるで、友人Hみたいだと思った。

 学生の頃よく話す中、彼は饒舌な時とそうでない時があるな、と感じたものだ。そういう思い出もあったからだろうか、「ゆっくりでいいよ」と僕はそよかぜに言っていた。

「あ、ありがとう、ございます。もう、大丈夫、です。もらったのは小学校低学年の頃で……」


「えっと、芽衣子姉ちゃんも、鉱物眼症、でした」


「そう、だったのか……。だから、二人はよく遊んだのか」 炭素さんが納得したように声を上げる。

 そんなに、鉱物眼症の人は身近にいるものなのか。僕が思ったのはその程度だった。だけど、一つだけ疑問が湧く。

「その、お姉さんによく遊んでもらった場所とかはわかる?」

「あ、はい……。確か、図書館の裏、にある公園、でした。この市、ではない。よく覚えてないですけど、多分、県外の」

「県外の?」

「は、はい……。引っ越す、前の話、なんです……」

「そういうことか」 

 僕は納得する。しかし、なぜカッターナイフのような物騒な物を引っ越すという、そよかぜにあげたのか。筆記用具だと言えばそれまでだが、小学校低学年に渡す物とは考えられなかった。


「それはそうと、これからどうしたものか……」 僕が芽衣子という人物について考えていると、炭素さんが悩むようにそう言った。

「まず、強姦とは言え、君は男一人に怪我をさせてしまった。凶器を使い、しかも強姦は未遂だ。そこは君は悪くはないが、やったことは認めてもらおう」 

 炭素さんがダイヤモンドの瞳でそよかぜのターコイズの瞳をしっかりと見据えながらそう言った。そよかぜは少し動揺しながらも目を見てしっかりと頷いた。


「だが、ボクがソープ街の女王だとわかった以上、奴らが警察に行くことはないだろう。非があるのは向こうの方だ」 炭素さんは僕とそよかぜの目を交互に見ることで確認しながら、話を進めていく。


「問題は君の暮らしている今の環境だ。母親が男と性行為をするために自身の娘を家から追い出す。あってはならないことだ。ホテルでやれ、ホテルで。見たところ君は学校には現時点で行けてないようだが、いくつなんだい?」

「あ、え、えっと16歳です。高校、一年……。行けてない、です」 そよかぜは突然の質問に混乱したか、おどおとしたように何とか話す。

「ふむ。それは君が鉱物眼症だからか、母親が行かせまいとするのか。どっちかな?」

「私、この目を、見られるのは嫌、だった。でも、い、今の高校の人たちは、関わってくれてる。ひどい、こともされて、ない……」 そよかぜはぽつりぽつりと、話してくれる。僕と炭素さんはそよかぜが話し終わるまで真剣に聞いた。

「でも、か、彼女、は私に朝ご飯、作れって言う。昼、も、夜、も。洗濯、も」 

 彼女、と言うのはそよかぜの母親のことだろう。そよかぜは涙を目に溜めながら続きを話す。

「わ、私、で、出来れば高校に、行きたい。で、でも、逆らったら、どうなるか、わからない。だから、何も出来ない……」 

 そよかぜのターコイズの瞳かは涙が流れる。鉱物は濡れていた方が美しい、そう思ってしまった僕は良くないのかもしれない。だが、そよかぜの濡れたターコイズは光沢を増し、感慨深い雰囲気を放っていた。


「──わかった、君の気持ちは。ソープ嬢をしているボクが言うのもアレだが、それはネグレクト(育児放棄)だ。警察に相談すれば君の環境は改善されると思うが、今から行くかい? 決めるのは君だ」 

 炭素さんが二つの選択肢をそよかぜに提示した。今を我慢するか、環境を変える為の行動を取るか、の二つだ。

 もちろん、僕らが警察に報告すると言う手もあるわけだが、あくまで炭素さんはそよかぜに委ねたわけだ。無責任なのかもしれない、だけど、先を見越して委ねた、とも言えるのではないだろうか。


 ──果たして、そよかぜは炭素さんの目を見て、静かに首を左右に振った。

「そうか。わかった……。明日、アパートに帰るがいい。今夜はこの店に泊まっていけばいい。何なら困ったことがあったらここに来ればいい。短足青年がいつでもいるばずだから」 

 僕は炭素さんに対して何を勝手なことを、とは思わなかった。最初からそのつもりだったのかもしれない。


 そよかぜには店の奥にあったソファで寝てもらうことになった。

「すまないね、色々勝手に決めてしまって……」 二人きりになったとき、炭素さんが呟くように言った。

「何を今さら。それより、炭素さんの意見が通らなくて残念でしたね」

「残念? 決めたのはあの子だ。ボクがとやかく言うことではないさ。だからと言って、力を貸せるときは貸すつもりだがね……。どうしようも無いねボクは」 炭素さんは自嘲するように言った。

「そんなことより、ソープ街の女王ですか。知ってはいましたが、あの男三人組を追い払ったのはカッコ良かったですよ」 僕は話題を変えた。弱々しい炭素さんを見たくなかったのかもしれない。

「それはどうも。君ぐらいだよ、ボクを炭素と呼ぶのは」 うっすらと笑みを浮かべて炭素さんは言う。

「そのままお返ししますよ。あなたくらいですよ、短足青年と呼ぶのは」

「もう、一人いるだろう?」

「ああ、友人Hのことですか?」 僕は友人Hの顔を思い浮かべながら、そう返答した。

「友人H? なんだそれは。あの名前で呼んでやったらいいじゃないか」

「その名前で呼ぶと、あいつは喜ぶんですよ。だから、友人H」

 炭素さんはそれを聞くと声を出して少し笑った。

「君も頑固だね」


 ──炭素さんはその日、夜が明けるまでずっと店にいた。

 明け方、そよかぜもやがて目を覚まし、三人で朝ご飯を食べると、炭素さんと一緒に店から出て行った。アパートまで送って行ってあげるらしい。

「ありがとう、ございました。お世話になり、ました」とそよかぜは店を出る前に頭を下げ、礼を言ってくれた。

 それから、僕は寝不足を我慢しながら開店の準備を始めた……。



 私は真っ暗な中、目を覚ます。少し、節々が痛い。起きたときはいつもそうだ。畳で寝ているせいだろう。

 あの、喫茶店に通うようになってから数週間が過ぎた。閉店時間は午後9時にも関わらず、閉店後は私やダイヤさんが来店するようになってしまっている。マスターの短足さんはお金はいい、と言って受け取ろうとはしない。

 私は立ち上がる。勉強机の一番上の引き出しを開ける。色々な物がある中、一つの小さな箱を取り出す。綺麗な包装がされており、剥がしたことはない。つまり、私はこの箱を開けたことがないのだ。中身が何なのかもちろん気になるが、もったいなくて……。

 これは、芽衣子姉ちゃんからカッターナイフと一緒にもらった物だ。後にも先にも、人から物をもらった経験はあのときだけだったと私は思う。

 ──ああ、芽衣子姉ちゃんは今頃何をしているのだろうか? 小学校低学年の頃に芽衣子姉ちゃんは高校生だった。あれから、6年以上は経過していることになる。大学へ進学していたとしても、卒業して働いているか、院へ進んでいるのか……。

 何にしても、私よりもずっと先、遠いところまで進んでいることになる。

 いつか、いつの日か、会えたらいいな、と思った。そうだ、近いうちにこの箱を開けてみようか。開けたからって、思い出が消えるわけじゃない。次はその中身を大切に生きていけばいいだけの話だ。


 ふと、私は時計を見る。時間は午後8時半を指していた。そろそろ、家に彼女の男がやって来てもおかしくない時間帯だ。私はカーディガンをはおり、ポケットにカッターナイフを入れた。いつもの音楽機器と有線のイヤホンも持っていく。夜道を歩きときは音を小さめにしないと。そんなことを考えながら、私は夜へと歩みを進めた。



 あれから僕は鉱物眼症について色々と知りたいという意欲があった。特に、そよかぜにカッターナイフを渡した、芽衣子という鉱物眼症の人物について、だ。

 時々、閉店後の店にやって来るそよかぜに何となく尋ねてみていた。あまり、不自然だと思われないように、自然な流れで、だ。だが、炭素さんには気づかれてしまった。

「短足青年、あまり嗅ぎ回るのはやめておいた方がいい。あの子が知りたいと言うのなら別だがね」

「──わかっていましたか。ですが、そよかぜの為でもあるんですよ」

「ほう……」 あのときの炭素さんはぜひ聴かせてもらおうじゃないか、と言っている気がした。

「同じ鉱物眼症で、年上である芽衣子という人物が今、健気にも頑張って生きている、その事実さえ確認できればいいんです。それだけで、そよかぜは先を生きる活力が生まれるばず。今の環境を打破したいと思えるはずだと思っているんです」

「ふん、なるほどね。それで芽衣子の人物像を聞き出してた、ってわけか。探すつもりかな」

「ええ、まあ」 それからしばらく炭素さんは黙っていた。この人なりに考えているのだろうと僕は思った。

「サングラスを掛けていて、足が悪く、松葉杖をついていた当時、高校2年生の鉱物眼症の女の子、ね」 今のところそよかぜから聞き出した有力な芽衣子に関する情報を炭素さんは言葉にする。

「問題は、茶色くて、金色の模様が印象的だったという芽衣子さんの目です。いったい、何の鉱物眼症なのか?」 そう、問題はそこだ。それさえわかれば、芽衣子という人物が今どこにいるのかがわかるかもしれない。

「あいつに調べてもらったらどうだい? いかにも好きそうじゃないか。暇だろうし」

「友人Hですか」

「そう」 炭素さんは口元に微笑を浮かべることで、答えを肯定した。

「嫌な条件つけてきそうであまり連絡したくないですが、背に腹はかえられませんね」 僕は友人Hに連絡をした。案の定、一つの条件をつけられたが、仕方あるまい。


 そして、友人Hから報告があったのはそれから一週間後のことだった。向こうから電話がかかってきた。電話からは友人Hの声以外に絶え間なく、ジョニー・キャッシュの『Hurt』が流れていた。

 以下は、友人Hが電話の向こうで話していたことだ。


 短足の言っていた、少女が見つかったかもしれない。いいかい、順番に話していくよ。

 まず、僕はインターネットで鉱物眼症の人物が巻き込まれた事件について調べたんだ。稀な鉱物眼症のことだ。そんなに引っかかるものはなかった。だけど、僕らが住んでいる近県に一つ事件があったらしい。虐めを受けていた鉱物眼症の少女が飛び降り自殺をしたというものだ。自殺した場所は住んでいたアパートの屋上から。

 それと、その自殺をした少女の瞳はタイガーアイだったらしい。だけど、不思議なことに地に落ちた少女の遺体には両目がなかったんだってさ。タイガーアイだけが抜き取られたってことになるね。でもそんなに高い石でもないし、事件性はないってことになったんだ。

 自殺した少女の名前は切谷芽衣子。だが、もちろんこれだけじゃ、短足の探している子とは限らない。それに信じたくもない。ただ下の名前が同じだ、というだけかもしれない。

 そして、そよかぜ? だっけ。その子が昔遊んでもらってたという図書館らしき建物も見つけた。そのタイガーアイの子が住んでいた場所の近くだったよ。裏に寂れた公園があった。

 図書館でその子について聞くつもりだったけど駄目だった。図書館には、『図書館の自由を守る宣言』というものがあってね、その一つに利用者のプライベートは決して話さないんだ。何でそんなことを知っているかって? おいおい、忘れたのかよ。僕も大学時代、司書課程を取っていたからさ。ちゃんと資格も持ってる。

 それでふて腐れた僕は図書館の裏の公園のベンチに座ってたんだ。随分とボロボロなベンチだったね。

 しばらくそこにいたら、知らない爺さんが話しかけて来たんだ。

「あんた、よくそんな所座れるね」

「何でですか?」

「何でって。そうか、知らないのか。このベンチでね何年か前に凍死した若い男がいるんだよ」 

 そう教えてくれたよ。何年前か、思い出してもらうと、その年はタイガーアイの少女が自殺した年と重なるんだ。

 僕は図書館に戻ってその年の月日の新聞やら雑誌やらを漁ったよ。そしたら、奇妙なことがわかった。ベンチで凍死していたのは当時22歳になる中田きれま、という青年でね、どうやら、凍死する少し前まで、公園の表の図書館に務めていたらしいんだ。自殺した理由は自然に考えると、失職したということになるかな。

 もちろん、詳しいことは図書館側からは教えてくれるわけがない。僕は公園にいる人たちに聞いて回ったね。何人かは、図書館の職員さんとタイガーアイの鉱物眼症の少女が仲良くしているのを見たことがあると教えてくれた。

 それと、その二人と仲良く遊んでもらっている鉱物眼症の小さな女の子を見たと言う人もいたよ。これは察するに短足が言うところのターコイズな少女なのかもしれないってね、僕は思ったんだよ。

 そして、もう一つ、大発見があった。ベンチで凍死していた青年の手には大粒のタイガーアイが握られていたらしい。でもこの記事は一つの週刊雑誌にしか書かれていなかったよ。しかも、その次の号では訂正記事が出ていた。そんな事実はなかった、てね。

 仮に青年が握っていたタイガーアイが少女のものとしよう。青年は少女の飛び降り自殺を支援した可能性が浮上する。だけど、少女がいなくなった世界は考えていたより寂しいものだった。そう考えると青年は少女の後を追ったことになる、ね。

 それと、もう片目のタイガーアイは何処に行ったんだろうね?

 まあ、僕には関係のないことなんだよ。どうせ、僕の関わった人たちは僕を置いて遠いところへ行ってしまう。それが僕の常なんだから。いつだって、僕はどこかしらの端に置き去りにされるのがお似合いだよ。良いように利用されて、後はお構いなしさ。まったく、くだらないね、僕のことだよ。全ては僕が無能でどうしようも無い屑だったのが原因さ。それは認めよう。だけど、僕に才能があるように思わせて、使い物にならないとわかると呆気なく捨てた奴ら。大学時代の教授らは許されないね。僕は一生恨むね。安心してくれ、何もしないよ。

 ただこの先、僕がどんなに人に影響を与える物語を読んだとしても、僕にとってはただの何かにしか過ぎない。

 僕はもう、文章の表現の仕方にしか感銘は受けないのだろうね。ははは、早く死にたいね……。

 まあ、要するに僕がわかったのはこれだけのことさ。推測と私情が混ざってすまないね。


 友人Hはそう言った。僕はこの端くれ野郎め、と思った。それでも人間か……。いや、その人間の端くれなのか。何にしてもそんなことを言ったらこいつは喜ぶに決まっている。

「──わかった……」とだけ言って僕は電話を切った。何も考えられない中、このことはそよかぜには黙っておこうということだけは決めた。

 その友人Hの出した条件は、断ろうと思ったが、どうせ誰も読まないだろうと思い至り、仕方なく了承した。どうか、奴の書いた文書をそよかぜ、が読まないことを祈る。



 ──私は真っ暗な中、丁寧に包装紙を解いていく。また箱に包めるように出来るだけ丁寧にセロハンテープも外した。

 ゆっくりと箱の蓋を開ける。

「わあっ、綺麗……」 私は箱に入っていた石を手に取りながら思わずそう呟いていた。これは、芽衣子姉ちゃんの瞳と同じ石だろう。そっか、私がいなくても寂しくないようにってことか……。


「ありがとう。また会えたね、芽衣子姉ちゃん」

 私は大切に両手で包み込む。まるで石を抱きしめるようにしてそう言った……。


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