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ターコイズな少女   作者: 物書きの端くれ
1/2

ターコイズな少女 前半

 ──家のどこかで物音がした。

 最初は聞こえるか、聞こえないかの曖昧な音だったのに、徐々に大きくなる。人がとある出来事を思い出し、その事柄に憤りを覚え、少しずつその感情に蝕まれていくような音だ。

 音は私に近づいてくる。しまいには舌打ちに、壁を蹴る音がその音には加えられた。

 雑に私のいる部屋の襖が開けられる。


「ねえ、まだいたの? ちょっと家から出ていてくれない」 私は座り込んでいた畳からゆっくり顔を上げるようにしてその声主の女の人を見る。

 四十代後半の彼女の表情は派手で濃い化粧が施されていた。ピンクの半透明なネグリジェを着ているが、当たり前のように下着が見える。


「聞いてる?」 苛立った声が私に注がれる。母であるはずの彼女に優しい声色で語り掛けられた最後はいつだったか? 何度も思い出そうとしたが、残念ながら私は思い出せないでいる。


 私は彼女の表情を見上げながら、素直に頷く。


「ちょっと、やめてっ! そんな目で私を見ないでくれる? 気持ち悪い……」 彼女は露骨に嫌がる素振りを見せた。私は言われた通り、下を向く。畳の網目を見つめる。

「──ああ、そういうこと」 彼女は何を勘違いしたか、勝手に納得したように言葉を続ける。

「もしかして、興味あるんだ。これから、私たちがすることに……。そうねえ、あんたも18だもんね~。あれ、17? 19だっけ」


 私はまだ16歳だ。彼女は私のほとんどを何も知らない。いや、興味も無いのだろう。知ろうともしないのだから。

「まあ、いいや。あの人に頼んで目の前で見せてあげようか? それとも誰か別の男でも紹介してもらう? あんたのヴァージン貰ってくれるような物好き紹介してもらえるかもよ」 そう言って彼女は下品に笑う。


「どうせ、私らのしている時の声、襖越しから聴いているんでしょ? それ聴いて股に手を伸ばして濡らして、一人で声抑えながら気持ちよくなってんだ……。はっ、可哀想」 

 彼女は畳に唾を吐くと、私を蹴った。蹴りは丁度座り込んでいたせいもあってか、当たりやすく私の腹にくい込む。

「ブッグゥ‼」 私は意味の解らない声を上げて腹を抱くようにして丸まり、畳の上に転がった。


「あの人が気持ちの悪いあんたを見て、萎えたらどうしてくれんの? せっかく、私に興奮して固くなってんのにさあ」 

 私は唇の縁から唾液が垂れている様を感じる。唇から零れた私の唾液は頬を伝い、畳に落ちることだろう。

「あんたもそこまで気持ち悪くなければねぇ。能無しのあんたでも近所のやっすいソープくらいには勤められたのにねえ。金貰ってヴァージン失えたのにね」  私は黙っていた。というより、蹴られた痛みで息をするのがやっとなのだ。言葉なんか発せるわけがない。

「とにかく、さっさと出て行って。朝まで帰ってくんな」 彼女はそう言うと部屋から出て行った。襖が大きな音を立てて閉じられる。


 私はしばらく動けそうになかった。唾液を垂らしながら、痛みが和らぐのを大人しく待った。

 しばらくして、彼女の獣めいた嬉しそうな叫びが聞こえ始める。何度か顔は見たことのあるあの男と交わり始めたのだろう。いや、あの男じゃないかもしれない。


 ──あいつか、アイツか……、もしかしたら、顔も知らない新しい男の人かもしれない。肉と肉が激しくぶつかり合う音が続く中、時折聞こえる歪な低い息遣い。それは、今まで聞いたことのないもののように感じたからだ。


 私は股に手を伸ばし、自分のものに触れる。少しの気持ちよさを感じたと同時に、嫌悪感が湧いた。私は股から手を引っ込める。

 痛みが和らいだのを確認するとすばやく立ち上がり、椅子に掛けてあったカーディガンをはおる。いつ入れたのかわからないが、カーディガンのポケットに何か固いものが入っているみたいだった。

 勉強用のデスクの上に置いてあった財布と音楽機器、有線のイヤホンを掴むと襖をゆっくり開け、部屋から出る。


 彼女らがいる方の部屋に一瞥を向けると、生々しい音はまだ続いていた。静かに廊下を渡り、扉を開けてアパートの部屋から出た。

 外に出ると、夏の夜にはない少し冷たい風が通り過ぎて行った。部屋を出た三階から、アパートの下を眺める。


「──どこ、行ったらいいだろう……」 何も意識せず口に出して呟いていた。

 まあ、いいや、とりあえずここから離れたい。もう、聞こえないはずの肉と肉のぶつかり合う音がまだ脳内では続いているようで何となく気が滅入る。

 私は持ってきた無名のMP3対応の音楽機器にイヤホンのプラグを繋ぐ。

 あの音が聞こえないようにイヤホンを耳につけると、ティナ・ターナーの『孤独のヒーロー(We don’t Need Another Hero)』を流し始める。

 曲調に合わせるように私は歩みを進み始めた……。



 夜の9時の閉店時間になると、大学時代の友人Hは帰って行った。まったく、ずっと話し込んでしまった。僕は店の表へと出て看板をしまう。店が閉店したことを示すために。

 看板を店の中にしまうと、友人Hの使っていたコーヒーカップを片付け、僕は店の中を掃除し始める。まずは箒で掃き、次にトイレの清掃を行った。明日分の材料は朝一番に業者が持ってきてくれることになっている。今日すべきことはもう、ない。

 帰ろうと、僕は店の照明を落とそうとした時、店の扉が開き、来店を表すベルが鳴った。


「やあ、勤しんでいるかい。短足青年」 入って来たのは、値が張りそうなコートをはおり、外はもう暗いのに瞳がまったく見えないタイプのサングラスをかけた金髪のボブの女性だった。

 コートのボタンは留めておらず、下に着ているブラウスが見えた。そのブラウスも胸元が露になっているタイプでどうしてもそこに視線が留まってしまう。


「なんだ、炭素さんか。もう、閉店なんですけど……」 僕はその入店してきた女性に向かって返答する。彼女、炭素さんは一応、この店の常連だ。少し変わった。


「知ってるよ。君だってボクが閉店後にしか来ないということは重々承知だろう? 何でもいいから、ウイスキーを一杯貰おう」 彼女は履いているこれまた高そうなヒールからカツカツという音を鳴らして、カウンター席に座る。

「炭素さん、わかってもらえないとは思いますけど、ここ喫茶店なんです」

「うん、知っているよ。何度も君から聞いたからね」 彼女は平然と答え、僕は溜息をつく。


「銘柄は限られていますよ、何がいいです?」

「君に任せるよ。一対一くらいで今日は水割りがいいな。氷は少な目でお願いするよ」 僕は「わかりました、しばらくお待ちください」と言い、注文を取った。


「──ああ。それと、君も飲みなさい。あと、無罪モラトリアムもお願いするよ」

「承知いたしました」 僕はカウンターの中の隅に置いてあるCDプレイヤーの電源を入れ、言われた通りのCDをいれて再生した。


 僕と炭素さん、二人きりの空間に椎名林檎姉さまの初アルバム、無罪モラトリアムが流れだす。最初の曲は『正しい街』だ。このアルバムは炭素さんのお気に入りで、たまに掛けるようお願いされる。


 僕はウイスキーの水割りを二つ作ると、一つを炭素さんの前に置き、「お待たせしました」と言う。そして、もう一つを持ったまま、彼女の隣の席に座った。


「じゃあ、短足青年。乾杯……」

「乾杯」 僕らは軽く、お互いのグラスの縁をぶつけ合うと、一口飲んだ。


「今日はこれから、仕事なんですか? 炭素さんは」 グラスをテーブルに置き、僕は彼女にそう尋ねる。

「ん? いや、実は今日は出勤日じゃなかったんだ。明日は指名の予約が入っているから出勤するけどね。良かったら、その後にでも君の相手をしてあげてもいい、どうだい?」

「遠慮しとくよ。そんなお金もないしね」

「なんだ、そんなこと気にしているのか。安くしといてあげるよ。君には世話になってる」 炭素さんは近所のソープ嬢をしている。かなりの人気で指名する人も多いらしい。


「結構です。第一、僕らはそんな関係じゃないでしょう。それに、あなたの好みを知っているとそんな気も起こらないですよ」

「まあね、ボクらは親しい友人だ。一緒にお酒を飲むくらいの」 彼女はそこでウイスキーを口に運ぶ。一口飲むと再び口を開いた。


「ボクは男たちの相手をしているが、本当は女の子が好きだ。だって、可愛くて、柔らかくて、いい匂いがするだろう? 全部ボクが知っている男たちには無かったものだ」

「ええ、知っていますし、その意見には賛同しますよ」

「さすが。ボクの唯一心を許した友人だ」 彼女はグラスの中身をすでに飲み干していた。氷だけになったグラスを傾けている。


「──ありがとう、光栄です。もう一杯、飲みます?」

「お願い、頼むよ」 僕は彼女の空いたグラスを持って立ち上がり、カウンターの中に入った。



 ──軽率だった……。すでに夜も深まり、すっかり人通りは少なくなっていた。この辺りは、夜の治安があまり良くない。そのことは知っていたのに……。

 あの家から出られたのをいいことに、自由になった気になってしまっていた。

 音楽なんか聴きながら、夜の道を歩かなければよかった。

 後ろからついてきていた足音に私はまったく気づけなかったのだ……。

 真っ暗な路地で肩を叩かれ、振り向いた私の前には背の高い知らない男の人が二人立っていた。顔を見る限りまだ若く、二十代後半くらいだろう。

 彼ら二人が声を発する間もなく、私は彼らの怪しい雰囲気から自分が今どんなにまずい状況にいるのかを察せた。


 二人からは強いアルコールの臭いがしたのだ。


 この人たち酔っ払ってる……? 私は急に恐くなる。別に酔っ払いが皆、悪い人たちではないのはわかる。ただ、未成年でアルコールを飲んだことがない私にとっては、恐怖の対象だった。

 何度か、彼女が家に連れ込んだ酔っ払った男たちにひっぱたかれたことが畏怖の原因かもしれない。

 私はとにかくこの場から早く逃げなければと思った。

 私は二人の話を聞く装いをするため、イヤホンを外しつつ、男たちのいる反対側の路地を一気に走った。

 明るい場所か、少しでも人がいそうな場所へ。そういう場所に行けば、きっと大丈夫、なはず。


 もう少し、もう少しで真っ暗な路地から出られる……。だが、路地の出口の前にはもう一人の別の男が立っていた。


「あ、うそ……」 私は走るのをやめる。どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

 路地の出口に立っていた男がゆっくりと私に近づいてくる。私は一歩、後ずさった。

 その時だった……。


「へへっ、捕まえた」 後ろから声がしたと思った瞬間、私は後から追ってきていた二人のうちの一人に抱きつかれるように羽交い締めにされていた。

「おい、おい。いきなり逃げるなよ~。まだ何もしてないじゃん」

「捕まえたか……」 出口にいた男も私の前にやって来ていた。私はどうにか抜け出そうと身をよじる。

「お、おお。暴れるなよ。体型からして高校生くらいか、お嬢さん」


 ──駄目だ……。ちっとも抜け出せない。力の差が違いすぎる。

「どんな可愛い顔をしてんのかな?」 出口にいた男が上着のポケットから太いペンのような物を取り出す。カチッと音がしたと思ったら眩しい光を向けられる。どうやら、ペンライトだったようだ。


「──お、おい! こ、こいつ……」 私の顔にライトをあてながら男は驚愕の反応をしていた。

 他の二人も私の顔を覗き込んでくる。

「うわあ、マジかー。気持ちわりぃ~。とんだ外れだったな」

「なに? 二人ともやんないの」 私は恥辱と男たちの勝手な物言いに、何も考えられなくなる。耳鳴りがしているみたいだった。

「え? お前、やんの。この気持ち悪いのと。病気になっても知らねえぞ」

「大丈夫だって。関係ねぇよ。それにコイツの中の具合がどんなもんなのか気になるじゃん」

「物好きだな、相変わらず、お前は。いつだったか、何週間も風呂に入ってなさそうな女とやったのもお前だったな」

 こいつら、いつもこんなことをしているんだ。そして、私も今から……。

 嫌だ、絶対に嫌だ。何のために、こんな自分勝手な奴らに私が酷い目に遭わなければいけないんだ。酷い目に遭うのは、もう、あの家の中だけで沢山だ。

 私は自分の中に今までに感じたことがないようなはっきりとした怒りが芽生えているのを感じた。

 こんな奴ら、こんな奴ら……。

 怒りに満ち溢れる中、私は部屋から出るときにはおったカーディガンのポケットに何か固い物が入っていたのを思い出す。今思えば、きっと、あれは……、


「ま、いいから、いいから。二人は誰も来ないか、見張っていてよ」

「アハハハッ、マジかお前。いいけど、さっさと終わらせろよ」

 こいつらは馬鹿みたいな会話をして、油断している。やるなら、今だ……。



 あれから、『無罪モラトリアム』は2周していた。現在は3周目の『幸福論』が流れている。アルバムの4曲目だ。

 僕は隣に座っている何杯目かのウイスキーを美味しそうに飲んでる炭素さんを横目に見る。

 かなりの量を飲んでいるはずなのに、彼女の様子や表情は変わらない。少し頬が赤らんできたくらいだろうか。しかし、その変化も色白な炭素さんにはいいアクセントくらいだ。


「人の顔をチラチラと見て、どうしたんだい。短足青年?」 視線に気づいた炭素さんがそう言ってくる。

「いや、別に……。何もありませんよ」

「誤魔化さなくてもいい。見とれていたと素直に言ってもいいんだ」

「違いますよ。こんだけ飲んでよく酔わないなって」

 僕は仕方なく正直に考えていたことを伝えてみた。

「ボクはお酒の強さと容姿だけには自信があるんでね」

「いくら強いからって、飲み過ぎないで下さいね。身体を壊してからじゃ遅いんですから」

「心配、ありがとう。友よ」 そう言って炭素さんは再び自分のグラスにウイスキーを注ぐ。僕が作る水割りが薄かったのか、三杯目からはボトルごと要求してきて、彼女自身で作っている。


 ──さて、今夜も長くなりそうだ……。僕がそう思った刹那、炭素さんがハッと僕の方を見て慌てたように言った。

「音楽のボリュームを下げてくれ!!」

「え? あ、はい……」 僕は言われた通りCDプレイヤーの音量を下げる。

「いったい、どうしたって言う……」 僕が言葉を発している途中、店の外、そこまで離れてはいないと思われる距離で男の叫ぶ声が聞こえた。

「これは……、いったい、」

「しっ! 静かに!」 僕の言葉は真剣な顔をした炭素さんに遮られる。

「──き、きっと、ただの酔っぱらいか、頭のおかしい奴ですよ。放っておきましょう。もし、何かあるなら通報すればいいですし」

「男の叫び声はどうでもいいんだ。それと混じって女の子の声が聞こえたんだ」 炭素さんはまだ用心深く耳を澄ましながらそう言った。だけど、僕には女の子の声なんて聞こえなかったように思える。


「僕には何も聞こえませんでしたよ。酔ってるんですよ、炭素さんは」

「いや、確認してくる」 炭素さんはカウンター席から立ち上がる。

「ほ、本当に行くんですか?」

「ああ、もちろんだとも。短足青年はボクが戻るまて通報なんか、しないでくれ。何となく胸騒ぎがする」 炭素さんはコートの襟を正すと、本当に店の外へと出ていく。カツカツ、というヒールの音を鳴らしながら。

「じょ、冗談じゃない。僕も行きますよ」 僕は慌ててLEDを持つと、炭素さんの後を追った。


「君には店にいるよう言ったはずだが……」

「んなこと言われて、女の人一人で行かせる男がこの世にいると思いますか」 僕は半分怒りながらそう言った。

「そりゃ、いるだろう……」 少しも考えることをせずに平然と炭素さんは答える。

「はあ……。いや、そんなことはどうでもいいんです。それより本当に女の子の声が聞こえたんですよね」

「ああ、もちろん。この先だと思う。少し急ごう」

 炭素さんは駆け足で街灯のない路地の方へと向かっていく。


 炭素さんと路地の入り口近くまでやって来ると、僕の方を見て「間違いない、ここだ。だろ?」と言った。

 だけど、僕には何も見えなかった。ただ、何かがいる気配はする。一人ではない、数人の気配がした。僕は思わず、持ってきていたLEDライトを点灯させ、真っ暗な路地を向けようとした。

「あっ! 馬鹿やめろ」 炭素さんの注意の声は遅く、路地を照らしてしまっていた。


 そこには、腕を押さえながら鮮血を流す男一人、その男を庇うようにしながら鬼の形相で路地の更に奥を睨む男二人がいた。

「なんだ、てめぇら!」 僕と炭素さんに気づいた途端、こっちに向かって怒鳴ってくる。

 僕はそれを無視して、更に奥の方を照らす。

 そこには、男三人にカッターナイフの刃を向け、獣めいた「ふぅー、ふぅー!」という息遣いの少女がいた。

 本当に女の子がいた。しかも、あの子は……。


 僕は炭素さんの方を見る。炭素さんも僕の方を見て、頷いた。意見は一致したようだ、だが、どうしたらいい。状況から推測するに、男を怪我させたのは少女の方だろう。だけど、最初に絡んだのは間違いなく男三人組だ。

 一人は怪我をしているとは言え、勝てるだろうか?

僕が逡巡しているうちに、炭素さんが男たちの前へカツカツと歩いていく。


「おい! 女! 女だからって手を出さないとでも思ってんのか?」 炭素さんに向かって一人の男が怒鳴る。しかし、炭素さんは少しも怯えた素振りを見せず、男を見据えると口を開いた。

「君たちこそ、ボクに手を挙げて平気でいられるのかな。ソープ嬢、ダイヤの名前くらい聞いたことあるだろう」

「ソープ嬢だあ? この女、頭おかしいんじゃないか」 三人のうち一人が炭素さんの胸ぐらを掴もうとする。

 まずい、と思った瞬間、別の男が胸ぐらを掴もうとした男を制止させていた。


「あんた、ソープ街の女王か?」 そして恐る恐る、炭素さんに尋ねる。

「まあ、そういうことになるね」 炭素さんの返答を聞いた男は二人に「行くぞ」と言い、我先にこの場から去ろうとする。

「おい、俺はこの女に腕を刺されたんだぞ!」

「運が悪かったんだ、諦めろ」

「お、おい。待てよ!」 男三人組は揉めながらもこの場から去って行く。

 男たちの声が聞こえなくなると、僕はカッターナイフを持ったままの少女に近づく。


「もう、大丈夫だ。ナイフをしまえ」 僕はそう少女に言ったが、少女はしまうどころか刃先を僕に向けてくる。

「ちょ、ま、勘弁してよ」 僕は思わず後ろに倒れてしまう。

「君は下がってた方がいい。ボクの方が早い」 そう炭素さんは倒れた僕の耳元で告げると、少女の前に立ちはだかった。

 少女は炭素さんの方にナイフを向ける。

「安心していい。ボクは君と同じだよ、ほら」 そう言って炭素さんはサングラスを外す。


 ギラギラと輝きを放つダイヤモンドの両目で炭素さんは少女を見た。

 少女は驚いた様子でナイフを下げ、そのまま地面に落としてしまう。

「──おんなじ……」

「そう、君と同じ。何を隠そう、ボクも君も鉱物眼症だよ」

「鉱物眼症……」 そう呟きながら、炭素さんを見る少女の両目は濁った水色、ターコイズだった……。

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