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雪の信濃路  作者: Elena
9/12

第9話

 列車は上田駅に着いた。

 直江みずほとは、ここで別れる。

 結局、チャラ男達との一悶着の後、みずほとこだまは何も話せなかった。

 列車を見送って、こだまはホームのゴミ箱を蹴っ飛ばした。

 

(クソっ。直江さんと仲良くなれるチャンスだったのに!なんだよあいつ!)


「あいつらか?こだま君を嬲り物にした連中は?」


 三奈美運転手が聞く。

 三奈美運転手も、ここで交代らしい。


「ええ。あっ。ありがとうございました。」

「他の乗客の迷惑になるからな。それで、警察には言ったか?言ってないなら、今すぐ被害届を書いて、上田警察署に怒鳴り込め。」

「―。」

「なあ。こだま君はなんであんなことをされるのか解るか?」

「解りません。」


 と、こだまは言った後、学校で教授に貰ったチャラ男の課題のコピーを見て、


「こんなもん見てどうしろってんだ!俺は噂通りにして、奴らの嬲り物なれってのか!?こんな幼稚園児の絵のどこが優秀な標高断面図だってんだ!」


 と言いながら、それをグシャグシャにして地面に投げつけ、履いていたスノトレで何度も踏み付け、ゴミ箱に放り込んだ。


「点呼が終わるまで、事務室の前で待っていてくれないか?」


 と、三奈美運転手が言う。

 こだまは、事務室の前で三奈美運転手を待った。

 点呼を終えた三奈美運転手と改札を抜け、上田駅の中の喫茶店に入る。

 

「なんか、こだま君見てると、昔の自分を思い出すよ。俺も大学生の頃、苦労したよ。」


 と、三奈美運転手が言う。


「なんで、しなの鉄道に入ろうと思ったのですか?」

「なんでだろ?思い当たるとしたら、彼女が住んでる町を走るからだと思う。」

「そうですか。」

「関東地方が嫌で、当時、長野と関東の遠距離恋愛中だった彼女と結婚し、同時にしなの鉄道に就職して関東地方から逃げてきた。まっ言ってみれば、都落ちって奴だな。」

「なんで、関東地方が嫌いだったのですか?」

「関東地方の特に都会では、人の目付きが怖い。みんなギスギスしていて、息が詰まる。融通が利かない。電車が遅れて、遅延証明見せても遅刻扱いにしやがる。(予想して来い!)って。自然災害なら解かるが、人身事故や踏切事故が起きることを予想できるかよ。出来たらウテシやスジ屋は苦労しないぜ。それと、今のこだま君みたいに、嬲り物にされたのもあってね。」


 注文した物が運ばれてきた。

 三奈美運転手はブラックコーヒーを飲んでいる。

 砂糖とミルクを入れなければ、コーヒーを飲めないこだまは、そんな三奈美運転手を見て、自分はまだ子供だなと思った。

 

「それで、こだま君はどうしたいんだ?」

「どうしたいって?」

「好きな人とか居ないのか?」

「居ます。」

「ああ。あの子か。」


 と、三奈美運転手が言う。

 

「でも、無理です。今日だって、いい感じになったのに、あの連中に邪魔されて。三奈美さんが助けてくれなければ、僕もみずほも嬲り物です。僕のせいで、みずほまで嬲り物には―。」

「みずほって、下の名前で呼んでんじゃねえか。」

「―。」

「それで、なんだ?巻き込みたくねえから付き合う事が出来ない。もしくわ、自分のせいで直江さんに危害を与えたら嫌だ。」

「その通りです。」

「それで、噂通りに、チャラ娘と付き合うハメになる。」

「―。」

「直江さんの事が好きなのに、そいつらのせいで付き合えない。そいつらの噂通り。いや、そいつらのシナリオ通りって言うべきか。そいつらのシナリオ通り、チャラ娘と付き合って、おもしろ可笑しく囃し立てられる。そんな人生嫌だね。」

「―。」

「噂通りに生きていても、何も良いことはないと思う。こだま君から見て、そいつらは、そいつらの噂通りに生きる価値のある奴等か?違うだろ?こだま君。君のレールは、君だけのものだ。嫌な奴に邪魔されても、君の目指すものが見えなくなる事はない。逆に、無理に嫌な奴に合わせたら、君が本当に目指す物さえ見えなくなる。現に今そうだろ?チャラ男達によって、自分が本当に好きな人が見えなくなりかけているだろ?」

「―。」

「自分らしく生きろよ。こだま君も会っただろ?姉さん。姉さんも、短大で嫌な奴等に自分の人生が狂わされて、自分が何をしているのか解らなくなって、学校行けなくなり、留年、退学しちまった。」

「それでは、今お姉さんは?」

「この話にはまだ続きがある。姉さんは音楽が好きだった。これだけは何があっても、姉さんの中にあって、姉さんは退学した後も、音楽が好きでいた。そうしているうちに、自分が本当にやりたい事を見つけた。音楽をやりたいって。そして、どうにか、辰野のピアノ教室で非常勤だけど講師になれて、今は、ピアノの先生になる資格を取ろうと、奮闘している。」


 こだまは辰野で会った持田萌を思い出した。

雪の中に倒れたこだまを助けてくれ、辰野を案内してくれた時は、そんな過去がある人には見えなかった。

 

「姉さん、今茶髪だろ?」

「ええ。そうでした。茶髪のツインテールでした。」

「やっぱりな。姉さん、茶髪が似合うと思う。だが、チャラ娘やチャラ男の茶髪はどうだ?俺にはとても、姉さんみたいには見えない。確かに、お姉さんみたいに、茶髪が似合う奴も居るし、そういう奴は顔が違う。チャラい奴の顔はどっからどう見ても、遊び呆けているようにしか見えない。そして、そういう奴は後で就職できなくて苦労するさ。そんな遊び呆けている奴、企業が雇うと思うか?俺が面接官だったら、顔見ただけで落とすね。」

「―。」

「だからさ、自分はどうしたいのかってのが、こだま君の中にあるかが重要なんだよ。よくさ、チャラい奴は、夢が無いから遊びまくって現実逃避してるから、夢を与えてやれってどっかのバカなチャラ男が言うけど、嘘だから。遊んでいたいだけなんだよ。でも、こだま君は違うだろ?しなの鉄道で働きたいって思ってんだし、直江さんと付き合いたいって思ってんだろ?」

「はい。」

「噂通りに、そして、他人のシナリオ通りに生きるな。こだま君はこだま君らしく生きろ。それに考えてみろ。好きでもない奴や、好きになれない奴を好きでいる理由がどこにあるんだ?」

「どこにもありません。」


 こだまは言った。

 

「そういや、直江さんとはどうなった?」

「今日、一緒に昼飯誘われました。後、授業が終わるまで待っていてもくれました。」


 と、こだまは思い出しながら言った。

 

「もしかすると、直江さんもこだま君の事好きかもしれないよ。特に、授業終わるの待っててくれたって、余程の事がない限りしないだろ?」


 三奈美運転手と別れ、こだまは上田駅の本屋でのアルバイトに向かう。

 今日は給料日である。

 900円の時給は、こだまには十分だと思ったが、チャラ男やチャラ娘から安いとバカにされた事がある。

 バイトが終わり、給料を貰う。

 給料は約4万円。学食代をこの中から1万円払ったとしても3万は自由に使える。これで充分だった。

 関東にも行けるし、鉄道模型も買える。

 チャラ娘は月に16万も給料を貰っているらしい。こだまの4倍である。一体、何処でこんなに稼いでいるのだろうか?


(どうせ、風俗かキャバクラのバイトだろ。やり逃げされて、痛い目に逢え!)


 と、こだまは思った。

 直江みずほは、小諸のケーキ屋で売り子のバイトしているらしい。

 時給はこだまと同じく900円で、一ヵ月に4万円から5万円の稼ぎだそうだ。

 こだまの携帯にSNSの通知が来ていた。

 どうせまたチャラ男が、課題が解らないから助けてくれというものだろうと思って見ると、それは直江みずほからのメールだった。


(明日空いてる?)

(ゴメン。明日バイト。)

(そっか。明後日の日曜は?)

(日曜は大丈夫だよ。なんで?)

(ちょっと、二人で話したい事があるの。この前、文弥君達に邪魔されちゃったからさ。)


「文弥」とチャラ男を下の名前で呼ぶことに、こだまは少し腹が立った。


(分かった。何処に行けばいい?)

(長野電鉄行かない?前、変なおじさんに邪魔されちゃったみたいだし。バイト代があるから、少しの出費は大丈夫。それに長野までは定期あるから、長野電鉄の切符代とお昼ご飯のお金が有れば大丈夫でしょ?)

(いいけど何すんだよ?俺は電車乗るか、撮影だけだぞ?)

(あっ。そっか。じゃあ、松本!)

(松本?お城か?)

(そうだね。行く?)

(是非一緒に。)


 と、こだまは返事した。

 みずほとSNSで会話するのは初めてで、こだまは嬉しかった。


(あのさ、もしレポートとかで解らないとこあったら、SNSで言って。)

(ありがとう。でも、こだまの邪魔しちゃ悪いよ。)

(邪魔じゃ無いよ。解らない事があったら頼りにして。)


 こだまは言った。


「もしかすると、直江さんもこだま君の事好きかもしれないよ。特に、授業終わるの待っててくれたって、余程の事がない限りしないだろ?」


 三奈美運転手が言っていた事を思い出す。

 

(たまに複数の男を取っかえ引っかえ一緒に出掛けるとかあるからな。それじゃなければいいんだがな。でもな。考えてみたらそうだよな。一緒に出掛ける昼飯一緒にってだけなら、三奈美さんもああ言わないだろうが、授業終わるまで、頼みもしねえで待っていたのはちょっとおかしいよな。友達同士だったらまず無いだろうし、取っかえ引っかえやってる奴なら、別の奴とさっさと帰っちまうだろうから、授業終わるまで待っててくれたってなったら、好きだって考えてもおかしくはない。第一、本気で好きではない奴を授業終わるまで待っているかな。)


 こだまは思いながら、実習の課題に取り組む。

 軌道に乗ると、考え事は消えてしまった。

 辰野を案内してくれた持田萌のおかげで、課題はスムーズに進んだ。

 

(荒神山の事をメインにするが、皆、ここをメインにしているだろう。俺は変化球だ。辰野の町に通っていた、萌さんの話や、町の様子を随所に取り入れる。ってあれ?萌さんのこと、三奈美さんは姉だって。でも萌さんは妹の彼氏って?あれ?まあ、どっちでもいいや。レポートやろ。)


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