第3話
「秋月こだまと言います。私は、将来、しなの鉄道で働こうと考えています。あっもう発車なので、車内に入ります。」
こだまは、しなの鉄道の新鋭車両、211系のボックスシートに座り、さっき運転手に向かって言った事を思い出していた。
しなの鉄道で働きたいのは事実だ。
だがそれを、運転士にアピールしてどうするつもりだったのだろうか?
(直江さんが好きですなんて言わなくてよかったな。とりあえず、あの運転手が上官に報告すれば少しは有利になるかも。)
と、こだまは思った。
名札には、「三奈美」と書いてあった。
(ミナミさんか。)
こだまは思いながら、車窓を眺めていた。
列車は長野駅を発車し、犀川を渡って小諸を目指す。
ワンマン運転の列車で、車内放送は自動である。
JRから、しなの鉄道に払い下げられた211系は元々、TcM車(制動室とモーターが付いている車両)があったため、しなの鉄道への導入に当たって大掛かりな改造はしなかった。そのため、車内はJR時代の面影が残っている。
もう一つの新鋭で、千葉から来た209系は、TcM車は無いため、3両編成を組むために、わざわざM車(モーター車)とTc車(制動室のある車両)を合築し、無理矢理TcM車を作ってしなの鉄道に投入された車両も一部あるが、ほとんどが4両編成である。
「来週の日曜って俺とツバサ揃って勤務ないぜ。」
「だから?」
運転室で、ミサシマとツバサは話す。
「久しぶりに、呑みに行かねえか?」
「呑めねえ。俺はその次の日に快速列車の勤務がある。」
「マジか。それより、まだ子供作らねえのかよ?」
「うるせえ!前見てろよ!第二閉塞どうなってる!」
「第二閉塞進行!」
「今のが停止信号で、ATS作動して緊急停車したらどうするつもりだったんだ?踏切事故とかになったらどうするつもりだったんだ?乗客の命預かってんだろ!猥談するなボケ!」
「分かってるよ。でもさ、明里さんからせがまれない?」
「たまにせがまれる。」
「俺とあやめの間に子が出来たら、更にせがまれるんじゃねえ?」
「だろうな。そういう事が無いのもどうなんだろうかって考える事がたまにある。だが、運転中は考えない。悩みや考え事など、モヤモヤしたものは、点呼と同時に切り離して乗務員室に向えって、海老原さんに教えられた。だから、考え事は勤務の前にするようにしている。乗務中に考え事をして事故ったら、乗客乗員全員の命がパーになるんだ。」
「海老原さんか。海老原さんにはいろいろ教わったよ。ツバサが最後の生徒だって言ってたな。ツバサの面倒を見終わって、ツバサが一人前になったら、退職だって。」
「ああだが、海老原さんも言ってたな。家庭を大事にしろって。」
「だろう?お前も堅物でいねえで、少しは家庭を見てやれ。そりゃお前は家庭を大事にしているつもりでも、明里さんは満足していないかもしれないぜ。」
それからは、何も話さなかった。
貨物列車とすれ違う。
坂城駅にある、石油施設からの返却貨物列車である。
列車は上田駅に到着した。
ミサシマはここで乗務員交代である。
「じゃあな。」
と、二人は会釈を交わした。
秋月こだまは、上田駅でまた写真を撮った。
「あっさっきの。」
と、声をかけられた。
振り返ると、運転手がいた。
「こんにちは。」
「秋月君だっけ?」
美佐島と言う運転手が言う。
「ええ。将来、しなの鉄道で働こうと考えています。」
またアピールした。
「三奈美さんとは一緒では無いのですか?」
「あいつは、小諸に帰るんだよ。」
「そうですか。」
「三奈美に何か?」
「いえ。ただ、声をかけてくれたので…。」
「あっ俺は?」
「美佐島さんも気になります。」
「三奈美はいい奴だよ。ただ、少し気難しい面もあるんだよね。さっきも軽く説教されちまった。子供作らねえのかって言ったら、「信号見ろ!乗客の命預かってんだぞ!」って。」
「逃げましたね。三奈美さん。」
「話しながらも、ちゃんと信号見てたってのに…。」
ミサシマは苦笑いを浮かべ、こだまも笑った。
「三奈美さんと美佐島さんは、ご結婚はされているのですか?」
「うん。俺も三奈美も。」
「お子さんは?」
「まだ居ないよ。」
二人は改札口まで来た。
「じゃあ、家まで気を付けて。」
「はい。あの、またお会いしたら、話しかけてもよろしいですか?」
「いいよ。三奈美でも、俺でも。」
「ありがとうございます。」
こだまは言うと、改札口を抜けていった。
上田駅から徒歩で自宅に向かう。
自宅に帰ると、大学のレポートを仕上げた。
その後、SNSを見てみた。
同じ学校の同学年の連中は、長野で遊んでいるようだった。
(全く。後でどうなっても俺はシラネ。)
と、こだまは思った。
(三奈美はいい奴だけど、気難しいぞ。)
美佐島運転手が言っていた事を思い出す。
美佐島運転手は、三奈美運転手と比べて話がしやすい感じだった。
だが、こだまは三奈美運転手に惹かれるのだ。
(三奈美さんは、学生時代どんな感じだったのかな?)
と、考えていると、スマホが震えた。
なんだと思ってスマホを取ると、同じ学校の女の子からだった。
「地図判読法の課題のやり方教えて。」
(んだよ。マニュアル通りにやれよ。まさか、マニュアルも読めねえのか?)
と、こだまは思いながらも、このような質問をされるのは少し嬉しかった。
このような質問をされると言う事は、皆に頼りにされていると言うことでもある。
(誰にも頼りにされなくなったら、友人関係なんか築けねえ。頼りにされているのは、いいことだ。)
と、こだまは思いながら、その質問に応えた。
ミナミツバサは小諸駅に着くと、自宅に向かった。
(あの、秋月こだま君。昔の俺に似ている雰囲気があったな。)
と、ツバサは思いながら自宅に向かう。
自宅に帰ると、妻の明里が夕食の支度をしていた。
「おかえり!今日はツバサの好きなハヤシラシスね。」
「ありがとう。ちょうど明里のハヤシラシスを食べたいなって思ってたんだ。でも、明里も懐古園の仕事があるのにいろいろ注文しちゃうと、悪いなって思ってて―。」
「遠慮しないの!ツバサはたまにしか帰ってこないんだから。」
と、明里は笑った。
「明日、私も休みなの。だから、お姉ちゃんに会いに、松本に出掛けない?」
「お姉さんにか。そうだね。久々にお姉さんとカラオケでも。でも俺は、お酒ダメだよ。明後日に勤務だから。」
ツバサも肯いた。
明里はツバサと知り合った時から、黒髪ロングのツインテールで、子供っぽい顔立ちで、誰から見ても可愛いらしく見えた。
ツバサも、子供っぽい顔立ちをしていて、明里は試しに、姉の萌とツバサのツーショットを見てみたが、明里の思った通り、萌とツバサは姉弟だと言っても違和感が覚えられないように見えた。