第1話
長野県の県庁所在地、長野市から軽井沢を結ぶしなの鉄道。
かつては、信越本線の一部で、特急「あさま」等、沢山の長距離列車がこの線路を駆け抜けていたが、1997年の北陸新幹線高崎―長野間(長野新幹線)開業に伴い、信越本線の横川―軽井沢間が廃止され、軽井沢―篠ノ井間は第三セクターしなの鉄道となり、今は普通列車ばかり走る鉄道になっている。
これのために、引き裂かれた二人がいた。
ミナミツバサと持田明里は、中学の同級生で仲が良かったが、明里が長野に転校し、二人は離れ離れになった。
明里はツバサに会いたいという思いから、どうにかしてツバサの住む埼玉県鴻巣まで行こうと模索し、最短ルートを見つけた。
しかし、この最短ルートをよく見てみたら、鉄道が廃線になっている部分があった。
それが、信越本線の横川―軽井沢間であった。
すぐに別のルートを探した。
最初に思いついたのは、篠ノ井線と中央線で松本、山梨を経由して関東に行くルート。
次に思いついたのは、飯山線と北越急行線と上越線で新潟、群馬県を経由して行くルート。
だが、どちらも相当な時間がかかり、日帰りは出来ない。
中学生、高校生の女の子が、一人で外泊など両親が許すはずもないと明里は思い、諦めてしまっていた。
更に、明里を苦しめたのは、長野新幹線開業の理由である。
1970年に成立した全国新幹線鉄道整備法に基づき、計画された北陸新幹線(長野新幹線)だったが、財政悪化で計画は凍結され、当時の国鉄は、東京から長野までは、特急「あさま」を継続的に走行させ、それを補完するスーパー特急を新たに走行させる計画だった。
だが、1987年に長野オリンピック開催に合わせて、凍結が解除され、長野新幹線は建設されてしまい、信越本線の横川―軽井沢間は廃止されてしまったのである。
つまり、一度凍結となった新幹線計画が、オリンピックのために解除されて建設されたために、明里とツバサを結ぶ最短ルートは寸断されてしまったのである。
資金も少ない明里が、新幹線など乗れるはずもない。
だが、明里はツバサの方から明里に会いに長野まで来てくれると思っていた。
ツバサは鉄道マニアで、日本全国の鉄道に乗って旅をしていた。
そんなツバサが長野に来ない訳がない。
長野は、都会で役目を終えた車両が第二の活躍をする場所の一つでもある。
特に、長野電鉄では、元営団地下鉄の3000系を始め、元小田急ロマンスカーHiSE、初代成田エクスプレス253系等、東京で人気を集めた車両が活躍していて、鉄道好きには宝の山のような路線だ。
明里は、ツバサがこれらの車両を見に長野電鉄に来ると思っていた。
しかし、二人はお互い連絡手段が無く、いくらツバサが長野に来る可能性があっても、連絡が取れなければ話にならない。
明里は諦めかけ、高校で知り合った別の男子と付き合おうかと思ってしまう。
だが、奇跡が起きた。
ミナミツバサが、中央本線の特急「あずさ」と篠ノ井線に乗って、廃線になる長野電鉄屋代線の撮影にやって来たのだ。
そして二人は、長野電鉄の善光寺下駅で偶然の再会を果たし、以来、明里はツバサと遠距離恋愛を始め、ツバサも、明里や明里の姉の萌、友人の出羽美穂に会うため、東京の大学で辛いことがあっても、果敢に立ち向かって行った。
ツバサは大学を卒業したら、JR東日本に就職しようと考えていた。
だが、JR東日本が乗客の個人情報を無断で販売する、社長の不倫横領等の不祥事が発覚し、失望したツバサは、JRの内定を蹴飛ばし、第三セクター鉄道への就職を目指し、明里が住む長野を走る第三セクター鉄道へ就職しようと考えた。
そして、2017年にツバサは、しなの鉄道に就職し、しなの鉄道の列車運転士になり、同時に明里と結婚した。
結婚して半年。25歳のツバサは運転士となり、引き裂かれた明里と奇跡の再会を果たしたツバサは、大勢の乗客の命と、生活と思い出を乗せ、しなの鉄道の列車を走らせている。
「3601M、632M、633M点呼願います。」
小諸駅でミナミツバサは、車掌と共に運転主任との点呼を行い2番線に留置されている115系の施業点検を行い、運転室に入る。
点検を終え、車掌にドアを開いていいと指示をする。
ドアが開くと、乗客が乗り込む。
乗客が乗り込むと、7時11分。快速「しなのサンライズ号」は小諸を発車した。
平日で朝の時間を走る快速列車であり、乗客は多い。
「この列車は、快速しなのサンライズ号長野行きです。上田までは各駅に止まります。次は滋野です。」
車掌が車内アナウンスをする。
「上田から長野間をご利用される場合は、乗車券の他に乗車整理券が必要です。」
列車は滋野に停車。
次は、田中である。
「ミスったな。今日は、サンライズ号乗ろう。」
と、秋月こだまは決め、上田駅で快速「しなのサンライズ号」の乗車整理券を買った。
改札を抜けて、ホームに降りるとちょうど快速「しなのサンライズ号」が来た。
(若い。22歳くらいだろうか?)
と、秋月こだまは運転手を見て思った。
車掌が笛を鳴らし、ドアを閉めた。
上田を出た列車は、終点の長野まで停車しない。
一本前の普通列車が7時11分に上田を出て、長野に着くのが7時54分。それに対し「しなのサンライズ号」は上田を7時33分に出て、長野に7時59分に着くから、こだまを始め上田や小諸辺りに住んでいる連中が寝坊等で電車に乗り遅れても、200円払って「しなのサンライズ号」に乗れば普通列車とほとんど同じ時間に長野に着ける。
(まっ1限は9時からだから、サンライズの1本後の普通でもいいんだけど、学校に着くのギリギリだからな。)
と、こだまは思いながら、ボックスシートに座る。
その時まで、そのコンパートメントに別の人が座っているのに気が付かなかった。
「秋月君?おはよう。」
と、セミロングヘアーの女の子に言われた。
「あっおはよう。えっと―。」
「直江みずほ。」
「直江さん。ゴメン。ド忘れしちまって。」
「なんで、このコンパートメントに座ろうとしたの?」
言われてみれば確かにそうだ。
開いている席はあるのに、わざわざみずほの居るコンパートメントに座るのは奇妙だ。
(弱ったな。気付かなかったなんて言えねえし、かと言って変なこと言って変な噂が流れたら嫌だしな。)
こだまは少し考えた後、
「この席、お気に入りなんだ。」
と、言って後悔した。理由を聞かれたら、またなんていうか困ってしまう。
「そうなんだ。」
と、彼女は笑っただけだった。