九、神殿とは
神殿は龍治大陸の外からやって来た。
神官は、自分たちの信仰に誇りを持ち、敬愛してやまない天の神々の素晴らしさを伝えるという使命に溢れていた。
それは見知らぬ土地を踏む恐怖を覆い隠すほど、輝いていたのだ。
長い船旅による疲労などものともせず、自分たちの信ずるものを携え一歩一歩、希望を持ち進む。
自国の貴族たちは他の大陸は蛮族の地と蔑んでいたが、我々は違う。
神々の素晴らしさを、この大陸に住まう信仰なき哀れな人々に説くという崇高な意思がある。
そんな我々を、未知なる大陸の人々は受け入れてくれるだろう。
その為に、天空神が生み落としてくださった神の一柱をお連れしたのだ。
この方の神々しさに、皆が天の神々を前に頭を垂れる様は圧巻だろう。
神官たちの胸には希望しかなかった。
そう、半神の血を引く、大陸の王に会うまでは。
長い長い間、神殿は苦渋を舐めてきた。
どんなに天の神々の素晴らしさを説こうとも、見向きもしない人々。
神官たちが唯一神殿を建てることを許された地を、神域と呼び、自分たちの教えを広める為に方々に散ろうとも、芳しい反応は得られない。
彼らは皆、たったひとりを崇めていたのだ。
龍王。
大地に流れる力を操り、人々を惑わす存在。
大地の神々がなんだと言うのだ。
地に作物が実るのは、天空神が照らすからだ。
天の恵みである雨が栄養となるのだ。
何故、わからない。
何故、理解しようともしない。
自分たちが間違った存在を信仰していることに!
そうだ。
全ては、王を騙る奴が悪いのだ。
生きた神性など、所詮は人々の心を集める為の偽りでしかない。
何故なら、神は実在している。
我々と共にあるのだ。
それこそが、真実。
この方こそ、正義。
ああ、間違いは訂正せねばならない。
我らこそが、我々こそが、正しい信仰を持つのだから。
始まりは、真摯な祈りであった。
神官たちには、希望しかなく。
共に在る神を、真に愛していた。
祈りは力だ。
それは神々に届き、神々の一部となる。
神々の時代は終わった。
今は、人間の時代。
交代に諍いはなく、平穏に神々は世界を人間へと渡した。
そう、憎しみではなく、慈愛による譲渡。
だから、距離こそできはしたものの、神々は人間と共に存在している。
日々のささやかな祈りに宿り、息づく。
けれど、純粋な祈りに翳りが差してしまったのなら。
神官たちの輝きが失われ、濁りを宿した祈りは、神にどのような影響を与えるのだろう。
時の龍王が、神殿を許したのは、彼らの眼差しに真摯な光があったからだ。
だから、龍治大陸の一部を与えた。
彼らが神域としたそこは、天の力で満ちるだろう。
しかし、神を愛する彼らなら、良いようにすると考えた。考えてしまったのだ。
龍王は、生きた神性である。
何代も経て、血は薄まってこようが、神性は失われない。
人間でありながら、不変の存在であるがゆえに理解していなかった。
人間は変わるのだと。
『助けて』
悲鳴のような声は、龍王には聞こえない。
龍王は大地の理に生きる。
天の理とは、相性が悪いのだ。
そうして、時が過ぎ。
淀みのなかで、悲鳴は続いたのである。
伸ばされた手を掴む存在が現れるまで。