六、二年という時間
「姫は、何が好き?」
幼い男の子の声。
答えるのは、同じく幼い女の子。
「好きなもの?」
「そう。何が好きなの?」
再び聞かれ、女の子は首を傾げる。
「えっと、わたくしは、甘いお菓子が好き」
一生懸命に考えて導き出された答えに、男の子はほっと笑う。
「良かった。あのね、今日はこれを持ってきたんだ」
男の子は、リボンが結ばれた包みをズボンのポケットから取り出した。
ずっとポケットが膨らんでたのは、包みが入っていたからなのだと、女の子は理解した。
「うちの料理長が作ったの。あ、ちゃんとお城の検査はしたよ」
「うん」
女の子はとても大切にされているから、お城ではどくみというものをしなくてはいけないのだ。
「姫と一緒に食べようと思ったんだ」
そうして、広げられた包みの上には、宝石みたいな彩りのクッキーがあった。
「すごいわ、こんなにたくさん!」
「僕も手伝ったんだよ」
男の子の言葉を聞いた女の子は、目を瞬かせ、そして笑顔になる。
「素敵! うれしいわ! ありがとう!」
女の子は喜び、クッキーから男の子を見る。
「本当にありがとう! カイトさま!」
意識が浮上する。
パチッと、炎が爆ぜる音と周りの暗さから夜明け前なのだと理解した。
固い地面の感触は、野営の経験の多さから気にはならない。
ゆっくりと身を起こせば、赤い焚き火が見えた。
焚き火の前には、色褪せた灰色のフードを被った男が座っている。
こちらに視線を向けた男は、乾いた枝を焚き火へと投げた。
「わりぃ、起こしたか?」
「いや、お前のせいではないよ」
フードの男は、そうかと呟くと、焚き火を見つめた。
彼は本来、こんな口調ではなかった。
二年の間に、雰囲気や口調を変えていったのだ。
上品な立ち居振る舞いは、市井では目立つから。
「火の番の交代まで、まだ時間あるぜ?」
「ああ、少し夢見がな」
「なんだ、嫌な夢でも見たのか? なら、良いまじないが」
「違うよ。むしろ……」
そう、あの夢は。
「宝石のような夢だった」
懐かしむように言えば、フードの男は目を瞬かせた。
「はあ……、教養ある騎士さまは、例えも、うん、恥ずいな」
「ふん」
二人は小声で話す。
少し離れた場所では、小柄な少女が眠っているからだ。
暗闇に溶け込むような黒髪は、サラサラとしている。
「なあ、カイト」
不意に名を呼ばれ、フードの男を見る。
「聖女さまを、守ってくれよ」
「……当然だ」
カイトは、二年前に決めたのだ。
聖女を守る、と。
そして、その誓いは揺らがない。
「アニーは、上手くやったかな」
「彼女なら、大丈夫だろう。信じよう」
「……ようやく、ここまで来れたんだ」
「そうだな……」
静かに話し、二人は薄くなり始めた空を見上げた。
二年前。
神殿で神官たちに守られた少女を遠目に見た。
想像よりも小柄で、頼りない風情なのに。
目だけは、力強く前を見ていた。
彼女の手を取ったことに、後悔は微塵もない。