三、ピクニック
龍王が統治する神国は、大陸に走る龍脈と呼ばれる大地に流れる力の中心点に建国された。
大地に根付く神の血を引く神国の王族は、龍脈の力を安定させることができたのだ。
王族のなかで、龍脈の力を受け取るのに一番適した者が、龍王となり国を支える。
そして、眷属となる四つの国に龍脈の恩恵を与えていた。
各国は豊かな大地を手に入れ、龍王に感謝を捧げ、忠誠を誓っている。
だからこそ、龍王の為に動く。
龍王は、神の血ゆえか。
至宝と呼ばれる存在に、焦がれていた。
それは人の身では持ち得ないほどの、愛と執着を龍王に抱かせるもの。
同時に安寧をも龍王に与えられる唯一の存在は、まさに至宝と呼ぶに相応しい。
各国の王も、龍王に習い。己の愛する存在を至宝としたが。
その感情は、龍王には到底及ばないという。
空を見上げる。
青い空を。
「今日も、お散歩日和ね」
レティシアナは微笑み、花畑へと向かう。
その後ろを、バスケットを持った侍女たちが付いていく。
咲き乱れる色鮮やかな花々を見つめ、レティシアナは侍女たちに声を掛けた。
「皆、ありがとう。さあ、昼食にしましょう」
「はい、レティシアナさま。あちらに、あずま屋があります」
「まあ、素敵。ふふ、花を見ながら昼食だなんて、贅沢だわ」
レティシアナは外で食事をしたことがなかった。
過保護な両親により、食事はしっかりと管理されていたのだ。
安全性の確保が難しい外での食事は論外だった。
だから、母国を出た今。外で食事をしたいと旦那さまに願い出てみたのである。
起き抜けの龍王はぼんやりと少し考えた後、昼ならば良いと頷いてくれた。
屋根のあるあずま屋で、バスケットの中身がテーブルに用意されていく。
サンドイッチに、甘いフルーツ。
普段食べ慣れたものなのに、外にいるだけで特別な食べ物に見えてくる。
「さあ、レティシアナさま。準備が整いました」
侍女のひとりが、にこやかに言う。
テーブルの上には、ささやかなご馳走。
レティシアナは用意された椅子に座ると、周りの侍女たちを促した。
すると、心得ている侍女たちも、自分たちの椅子に腰掛けた。
主人と同じ卓に座る。本来あり得ない光景であるが、レティシアナは前もってお願いをしていた。
共に食事がしたい、と。
恐縮する侍女たちに、朝の支度をされていた龍王が言った。許す、と。
侍女たちにとって、それだけで理解できた。
至宝の願いを、叶えるのが臣下の務めであると。
彼女たちは、至宝が快適に過ごせるように心を尽くすと決めているのだから。
「レティシアナさま、こちらのサンドイッチをどうぞ。今朝届けられた新鮮な卵を使いました」
「まあ! わたくし、卵大好きよ。ありがとう」
差し出されたサンドイッチを受け取り、レティシアナは頬張った。
高貴なる姫らしからぬマナーも何もない食べ方だ。
ここに、レティシアナを叱る講師や、なんて下品なのと眉をひそめる妃たちはいない。
ひとくちひとくちを味わい、レティシアナはとろけるような微笑みを浮かべた。
それを、侍女たちはにこやかに見守る。
「ふふ、どうしましょう。こんな食べ方、お母さまが見たら卒倒してしまうわ。でも、なんて美味しいのかしら」
「お茶をどうぞ」
「ありがとう」
レティシアナは上品にカップに口をつける。
にこにこと上機嫌なレティシアナが視線で侍女たちを促す。
侍女たちは、並べた料理に手を付け始めた。
「レティシアナさま、美味しいですわ」
「ええ、外での食事とはこのように開放感があるのですね」
「そうなの、昔絵本で読んでから、ずっと憧れていたのよ」
民の間ではピクニックと呼ばれる行為。
笑顔で描かれた光景に、幼いレティシアナは強く惹かれたのだ。
そよそよと、風が吹く。
揺れる花々に、レティシアナは目を細めた。
「旦那さまに、鉢植えをねだってみようかしら」
「鉢植え、ですか?」
「ええ、ラベンダーなんてどうかしら。安心感のある香りがして、わたくし好きなの」
レティシアナの言葉に、侍女は花畑を見てから頷いた。
「そうですね。龍王さまと選んではどうでしょう。市には様々な店がありますし」
「まあ、素敵! 旦那さまは独特な感性がお有りだから、どんな鉢を選ぶかしら!」
「では、宰相さまに龍王さまの予定を調整していただきましょう。レティシアナさまのお願いを、龍王さまがお断りするはずがありませんし」
独特な感性の辺りを華麗にスルーし、侍女たちは頷き合う。
そして、レティシアナの外出着に適したものを頭のなかでそれぞれが選んでいく。
きちんとした打ち合わせは、この食事が終わってからだ。
今は、レティシアナの願いを優先したい。
「ふふ、楽しみだわ」
侍女たちの言った市は、レティシアナの行動範囲内にある。
そこならば、龍王がそばにいれば護衛もつかない。
二人きりの外出が叶う場所。
レティシアナのもとに龍王が帰ってきたら、さっそくお願いしよう。
心を浮き立たせて、彼女はまたひとくちサンドイッチを頬張った。