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十九、青い空と宣誓


 必死に走る。

 入り組んだ地下通路をひた走る。

 前には、いつでも抜刀できるように剣に触れたまま先導するカイト。

 すぐ後ろでは、フードを被った男が後ろを暗闇へと誘う為に呪文を唱えていた。

 一番後ろでは、アニーが薬品を後方に投げつけている。

 そのたびに悲鳴が上がった。


「走れ、走れ! 振り向くな! 前へ行け!」


 アニーの言葉に鼓舞される。

 胸に抱く光を必死に守り、足を動かし続ける。

 息が苦しい。

 だけど、絶対に諦めたくない。


「――出口だ!」


 カイトが叫ぶ。

 ぐうっと、力を込めて地を蹴った。

 見えたのは、曇天。

 ずっと、雲が支配していた空を見上げ、両手を広げ光を空に解き放つ。


「お願い!」


 こんなに大きな声を出したのは初めてだ。

 家では、旅館の跡取りとして厳しく躾けられた。

 世界を超えてからは、息をひそめた。

 だから、全身で全てをこめて叫んだのは、新鮮で心が晴れるようだ。


「あ……」


 光が空で霧散すると、雲間から陽の光が差していく。

 幾本も幾筋も、大地を照らす。

 そして、青色が見えた。

 後方から、神官たちの絶望の声が聞こえる。

 ああ、終わった。

 ようやく、たどり着けた。

 ぽろっと、涙が溢れる。溢れて、頬を濡らしていく。

 自己満足から始まった旅だ。

 前を向き続けた道。

 やっと、立ち止まることができた。


 ――ありがとう。


 声と共に、ざあっと雲が晴れ、広がり続ける青空。

 呻き、崩れる神官たちをよそに。

 龍治大陸に、歓声が広がる。

 青空を取り戻し、民は歓喜し、そして正しい日常が来るのだ。

 あるべき姿を見せた空の下。

 これからに思いを馳せ、少女は泣き続けた。





 「神殿は解体せよ」


 龍王は冷たく言い放つ。

 囚われた騎士たちは解放されたのだ。

 もはや、神殿への敵意を隠す必要はない。

 龍王の声により、各国は兵を神域の神殿に向かわせ、各地に建てられた神殿は瓦礫と化した。

 皮肉にも、歓迎した辺境の民の手により行われた破壊活動によるものだ。

 辺境は作物が育ちにくい。近年は陽が差さず特に実りが酷かった。

 それが信じた神殿によるものだと知った民の憎しみは凄まじいものだった。

 敬い、愛したからこそ、裏切りが許せなかったのだろう。


「神官たちは誰も逃すな。神を穢す術式、書は燃やせ」


 燃え上がる炎は、捕らえられた神官たちを絶望に突き落とした。

 神への信仰が! と、泣き叫ぶ神官に、松明を持った騎士が言う。


「お前たちが先に、神を捨てたのだ」


 煙は、青い空へと舞い上がっていく。

 雨が降らないことこそ、神からの拒絶を表していた。

 騎士の手により、高位の神官たちが龍王の前に跪かされる。

 龍王は、神域へと入り、晴れ渡る広場に立っていた。

 口々に罵り、泣きわめき、呪いの言葉を吐く神官たちを龍王は冷たく見下ろす。


「我への呪詛ならば、我だけ狙えばよかっただろうに。自らの神までを消滅させようとした愚者どもよ。お前たちの信仰は呪いと成り果てた。我は、信仰を禁ず」


 貴様にはその権利はない! と喚く神官に、龍王は表情ひとつ変えずに言い放つ。


「よく見よ。輝く陽を。天空神は、お前たちを見ている。空に還った神も。その下で行った発言は、神への宣誓となる。我のなかにある神性が神々へと届ける」


 そして、龍王の紅き目が輝く。


「お前たちには信仰なき生涯が約束された。絶望せよ。そして、安息なき旅路を征くがよい。逃げ場は、どこにもないと知れ」


 龍王の言葉に、神官たちは泣き崩れた。

 彼らは、帰る地を失い、世界の敵となったのだ。

 交流のあった祖国は彼らを否定した。

 今まで送りこんだ神官たちは、最初から居なかったように記録は残らず抹消されている。

 全て失った彼らだが、世界の敵という認識だけが残った。

 これからの生は過酷を極めるだろう。


「あ、あああ、あああああ」


 絶望に呻く神官たちに、龍王は笑みを浮かべた。

 レティシアナにはけっして見せない、酷薄な嘲笑を。


「恨め、己の愚かさを。我が至宝への敵対は、万死に値いする!」


 そして、龍王は手を振る。既に興味は神官たちにない。

 忠実なる騎士たちが、引きずるように神官たちを連れて行く。

 龍王の後ろに控える宰相が、静かに口を開いた。


「再度、この地を踏んだ場合は」

「殺せ」

「御意に」


 そして、立ち去る龍王に側近たちが付き従う。

 宰相は後始末の指示の為、その場に残った。

 そして、騎士たちを見る。


「術式に関わった者は、必ず始末なさい。恭順の意思を示した者が居ようと関係ありません」

「はっ!」


 素早く行動に移す騎士たちを見送り、宰相も神殿のなかへと向かう。

 聖女に従った神官は術式に関わりなかったことに、僅かに安堵した。

 英雄を罰するわけにはいかない。

 そして、思う。

 龍王は、やはり龍王である、と。

 彼は、帰国した後。真っ先に春の宮に帰るだろう。

 それでいい。

 龍王の幸せこそ、宰相の願いだ。


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