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十八、全てを知って


 龍王から全てを聞き、レティシアナは混乱した。

 かつての婚約者と聖女の事情や、龍治大陸が危険な状況になっていたこと。

 龍王が龍脈を扱いきれず、そこを狙われた。

 そして、レティシアナ自身が非常に危ない事態になっていた。

 予想していなかったことばかりで、思考が追いつかない。

 カイトや聖女の噂を信じていたという羞恥心から、その二人の行動により晒された悪意を思い出し心が苦しくなったりと忙しない。

 龍王や先代龍王が、聖女たちに手を貸したり、神を所有物の如く扱い、唯一神にしようという神殿の暴挙。

 なんて恐ろしい事態だ。

 レティシアナはずっと春の宮に居た。

 それ以前は父王が心配し、王宮の奥に隠されていた。

 だから、最後に空を見たのは、神国に逃れた時だ。

 あの時は、人の目が怖くて、ひたすら怯えていた気がする。

 でも、そうだ。

 自分は青空を目にした記憶がない。


「神殿は、聖女を贄として、連れてきた【青空の神】の神格を上げようとしたんだ……」


 だから、各国の辺境の民を味方に付けた。

 信仰こそが力だ。

 聖女という存在を使い、神格を高める力を集めたのだろう。

 辺境の地に神殿を建てたのは、儀式を行う一番大事な神殿から目を逸らす為。

 その神殿に神は閉じ込められている。カイトと聖女は神の行方をずっと探していたのだ。


「【青空の神】を人間がどうにかできると本気で思っていたんだろうね」


 神の本質への干渉は同じ神にしかできない。

 ゆえに歪んだ信仰、歪んだ思想により、【青空の神】は穢れ、力を削がれ消えるしかなかったという。

 【青空の神】が消えれば、半身たる【夜空の神】も消えてしまうのだ。

 力ある神が二柱も消失しては、龍治大陸以外の大陸もろとも崩れ去る。


「……これは、俺が未熟だから起きた。俺が龍脈を御せていれば、君が傷つくことはなかった……っ」


 悲痛な龍王の声に、レティシアナは目を伏せた。

 そして、手をぎゅっと握る。

 龍王は、カイトが姿を消したのも、レティシアナが悪意を向けられたのも、レティシアナの存在に危機が迫ったこと、全てに責任を感じていた。

 レティシアナのなかで色んな感情、記憶が流れていく。

 カイトと過ごした優しい日々。

 仲良くしてくれた令嬢に涙ながらに、神殿から婚約者を返して! と、叫ばれた場面、騎士の家族たちから貴女のせいだと責められ、部屋で震えていた自分。

 泣いて、苦しくて、必死で耐えて。

 そして。

 龍王と過ごしたひと月の記憶。

 一緒に悲しんで、笑った時間。

 それらの記憶の奔流がレティシアナのなかで暴れ、流して、そして去って行った。

 後に残されたのは、落ち着きを取り戻したレティシアナだ。

 細い声で、レティシアナは呻いた。

 びくりと、龍王の体が震える。


「……悲しい、です」


 レティシアナの言葉に、龍王は目を瞑る。


「わたくし、子が、できたと思ったのです……」

「え?」


 思わぬ言葉に、龍王は瞬きをした。

 テーブルを挟んだ向こうに座るレティシアナは、本当に悲しそうだ。


「月の物が、来ていないのです。だから、子ができたのではないかと期待していました」

「え、え?」


 戸惑う龍王だが、レティシアナの言葉は続く。


「わたくしの存在が消されかかったのですよね? 月の物が来なかったのが、それによるものならば、悲しいです」


 龍王は、責められると思った。

 レティシアナは酷いと泣くのだと。

 それは、当然の感情であるし、何を言われてもいいと思っていた。

 辛いのは、龍王が愛するレティシアナを傷つけ、悲しませた事実だ。

 嫌われてもいい。二度と笑顔を向けてくれなくてもいい。

 そうすることで、レティシアナが未来の幸せへと歩くことができるのならば。

 自分は悪役でいいのだ。

 心が遠く離れてしまっても彼女が笑ってくれるのなら、憎しみの対象になったとしても平気だから。

 レティシアナが不幸せでいることの方が、耐えられない。

 だから、今ある全ての苦しみを自分にぶつけてほしいと思っていた。

 そうすることで、前を向けるのであれば。

 だが、レティシアナから出た言葉は、予想外だった。


「こ、子供……?」

「はい。旦那さまとの子が、わたくしに宿ったと思って……」

「ち、ちが、あの、俺のこと、恨んでない、の?」


 声を震わせる龍王に、レティシアナは困ったように笑う。


「お話を聞いて、不透明な部分がはっきりして納得しました。そして、旦那さまの涙の理由も分かりました。でも、わたくしが一番悲しく思ったのは子供の」

「い、いるの? 俺たちの子供が」

「ええ、ですが。幻になるのかと思うと悲しくて」

「きちんと、侍医に診せないと!」


 あたふたしだした龍王の耳に、レティシアナの笑い声が聞こえた。

 困惑して見れば、彼女は優しく笑いかけてきた。


「ねえ、旦那さま。わたくしたちは、未来を生きてますのよ」

「レティシアナ……」

「確かに、思うところはあります。辛い気持ちも、まだあります。でもね、旦那さま。今のわたくしにとって一番関心があるのは、旦那さまとの将来なんです」

「だって、でも」

「カイトさまと聖女。いえ、大切な役目を果たそうとしている方。聖女さまたちのことは、尊敬の念を抱きました。素晴らしい方だと、婚約者関係にあった縁から誇らしいです。世界を救おうとする姿は英雄に相応しいと感じます」


 ですが、とレティシアナは熱い眼差しを龍王に向ける。


「わたくしは、やはり旦那さまを一番に考えてしまうのです。どうしたら、笑ってくださるのか。袖を濡らさずに済むのか。わたくしの愛を全て受けとめてほしい。旦那さまとずっと居たい。それが、わたくしの願いなんですよ」


 レティシアナの言葉に、また龍王の目に涙が盛り上がる。

 嬉しいのに、涙が流れていく。


「きっと、わたくしの存在が希薄になったから、旦那さまは泣いてしまうのでしょうね」


 龍王の至宝は、存在するだけで幸福を与える。

 なのに、龍王はひとりで泣いた。

 至宝の存在を薄められたから、心が弱くなっているのだ。

 きっと、神が救出されれば、龍王が寂しく泣くことはなくなるはずだ。


「だから、旦那さま。わたくしと笑い合っていきましょう?」

「うん……っ」


 レティシアナは椅子から立ち上がると、龍王のそばまで行く。

 そっと、座る龍王の頭を抱く。


「旦那さま、侍医に診てもらう時には一緒に居てくださいね」

「うんっ、うん、分かった」

「ね、信じましょう。世界が救われるのを」


 夜は安息を。朝は希望を。

 聖女は、二柱の神に呼ばれたのだろう。

 夜と朝の加護があるから、癒しの力を持ったのだ。

 強い心を持つであろう聖女と、騎士として全てを賭けたカイト。

 今のレティシアナなら、彼らを心から信じられる。

 人の思いが力となるのだ。

 だから、自分の気持ちが二人の力になりますように。

 レティシアナは、愛おしい存在を抱き願った。



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