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十五、神さまを選ぶ


 空は自分の領域だ。

 父なる天空神と、長く共に居られる特等席。

 そして、愛しい人間を見守れる場所だ。


 今日も人間は笑顔だ。

 注ぐ陽に眩しそうにしている。

 だけど、人間は繊細だ。陽の光だけではいけない。

 雨が必要ならば、雨雲を出そうか。

 ああ、楽しい。

 神々の時代の頃であれば、全てを包み込み見渡すことができたが。

 人間の時代である今は、それほどの権能はない。

 自身を祀る大陸を覗き見する程度だ。

 他の大陸は、どうなっているのだろうか。


 初めて世界に姿を現した時に見たのは、自由に駆ける龍だった。

 龍が翔ぶのは楽しいが味気ないとこぼしたから、色を探してみた。

 海に映える素晴らしい色を纏えば、龍は喜んでくれた。

 龍の自由な様は、全ての神々が慈しんだ。

 だから、初めて人間が興した国の王には、龍の名が相応しいと皆が言う。そうだと自分も笑った。

 愛おしく、可愛い人間の国。

 今はたくさんある国だけど、最初の子が一番可愛い。

 今はどうなっているのだろうか。

 あの大陸は、大地の力が強い。

 時代が代わった今は遠くなったけれど、また見たい。

 可愛い、愛おしい人間。

 いつまでも、幸せでいてほしい。


 それが、神の願いだった。


 始まりは愛。

 慈しみ、信じた。

 可愛い人間たちが、自分を必要だと言ったから、依代を使い顕現したのだ。

 行き先が龍の大陸だと聞き、嬉しかった。

 可愛い、可愛い人間たちのそばに居られるのだ。

 希望しかなかった。

 それが、長く自身を苦しめるとは思わなかった。


 神の愛は無償だ。

 だから、信じればずっと信じる。

 それゆえ、気づくのが遅くなった。

 信仰が歪み、穢れ、神性を染めていくのを。

 もう、天に戻るには力が足りない。

 重い。人間の穢れた祈りが足を縛る。

 苦しい。

 苦しい。

 権能が封じられていく。

 じわりじわりと、削がれていってしまう。

 自身の権能は、人間に必要なものだ。

 幸いにも、連れてこられた場所は、龍脈の力が満ちている。

 この大陸ならば、他よりも持ち堪えられる。

 だが、このままでは夜の時間に住む半身にまで影響が及ぶのは時間の問題だ。

 理に綻びができ、世界が崩れていくのは耐えられない。


 神は叫ぶ。

 助けて。

 愛おしい人間が、滅ぶのは嫌だ。

 誰か、どうか、私の手を――。




 相原楓は、学校の帰り道で立ち止まる。

 友達と別れた後に、突然聞こえた声。

 戸惑いながらも、楓は周りを見渡す。


「誰……?」


 田舎にある旅館の跡取り娘である楓は、人を覚えるのが得意だ。

 両親からも幼い頃から人の様子をよく見るように言われていた。

 お客さまが求めるものに気づけるように。

 皆が皆、同じではないからと。

 そんな楓でも、初めて聞く声に困惑してしまう。

 肉声のようで、遠い。

 はっきり聞こえるのに、こだまする。

 不思議な声だ。

 苦しいのが伝わる悲痛な叫び。


「助けて、ほしいの?」


 ――……そばに、来て。


 楓は声に応えた。

 正義感からではなく、好奇心からでもない。

 ただ、声から感じた苦痛を和らげたく、手を差し出した。

 旅館には様々な事情から人が訪れる。

 なかには、深く傷ついた人もいた。

 そんなお客さまを、少しでも癒やしたかった。

 だから、これは。

 楓の自己満足だ。

 見えてしまった苦しみを放ってはおけない、という。

 それが、手を差し伸べた理由なのだ。



 神官たちも苦しかっただろう。

 だが、彼らは苦しみに陶酔していると感じた。

 それは、いかようにも対処できるものだ。

 だから、名を失った少女は選ぶ。

 助けるべき相手を、選び取ったのだ。


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