十四、信じる事と信念
騎士とは、忠誠を捧げた主君に仕える者。
心を違えず、主君を支え、主君を守る為に剣を振るう。
幼い頃から、父親に何度も教えられてきた言葉だ。
王の剣たる男の言葉は、幼い体に染み入った。
いつか、自分にもそんな相手が現れるだろうか。
でも、もしも。
そんな全てを捧げられる相手がいるのならば。
「……あの子が、いい」
幼い頃に紡いだ願いが、その後もずっと支えとなった。
「すまない。君が一番失うものが多い」
フードを深く被って、男は言った。
聖女を神殿から連れ出して、すぐの頃だ。
この頃の彼は、粗野な雰囲気は微塵もなく、ただ真っ直ぐな目でカイトを見ていた。
「気にしなくていい」
カイトは、そう応えた。
「俺は、騎士なんだ」
その答えの意味がわからなかったのか、フードの男は不思議そうにカイトを見た。
カイトはかすかに微笑む。
「騎士は、主君を違えない」
「聖女さまのことか?」
神官だった男だからか、聖女に傾倒した考えで発言したようだ。
その事にカイトは怒りを見せない。
理解しているからだ。
神殿の淀みに長い間浸かっていたのだから、すぐに考えを切り替えるのは難しいだろう。
それでも自身で気づき、抜け出したのだ。
強い意思と覚悟がなければできない。
カイトは穏やかに笑う。
「俺の主君は幼い頃から、変わらない。後にも先にも、ひとりだけだよ」
そして、空を見上げる。
厚い雲に覆われた空を。
「天空神の力が弱くなったな」
「……ああ、だからこそ。今の内にやらなくてはならないのだ」
今のカイトに、恨みや悔恨はない。
選ばなくては守るという事すらできなかった。
共に在った騎士たちの助力により、今ここに居る。
神殿が頼りにする聖女は、こちらに在る。
大地の理が強い龍治大陸にて、天の理で動く彼らは不利でしかない。
これならば、追手に捕まることはないだろう。
「龍王さまに伝えることができればよかったのだが……」
「駄目だ。残してきた彼らが危険だ」
「分かっている」
一年もの間、神殿に居た。
言いようのない不気味な場所であった。
入った瞬間から、囚われてしまったのだ。
言葉は縛られ、文字にしたためようにも意思が無理やり変えられる。
自分たちの身に起きた異様な状況に、騎士たちはざわめいた。
出来ることは、自分たちの生存を報せる為の手紙を出すことだけ。
神殿に触れなければ、文章はすらすらと書けた。
強制力の強い束縛のなか、それでも自我が保てたのは騎士たちの間にある絆ゆえだろう。
国は違えど、志しは同じ。
だからこそ、彼らはカイトを逃した。
信じ、託したのだ。
言葉はなくとも、彼らは神殿に残り、戦うことを決めたのだと分かる。
「必ず、聖女を届けよう」
「そして、理を正しい形にするんだ」
二人は深く頷きあった。
聖女は救いを求める声に手を伸ばし、そして、信じられる相手を選んだ。
神官だった男が言ったように、カイトは多くのものを失うだろう。
それでも、聖女の手を取ったことに後悔はない。
彼は、騎士なのだから。
主君に尽くすと、自身の意思で決めた。
「……俺の道筋をお守りください」
首に下げた守り袋のなかには、深い黄色の宝石がある。
カイトの信じる、唯一のもの。
――彼女が心から笑える世界の為なら、何も惜しくはない。