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十二、甘いデートはいかが?


 レティシアナは、春の宮からほど近い場所に居た。

 今日も空は晴天だ。

 レティシアナは裾や袖にフリルをあしらったワンピース姿である。

 本日は、愛する旦那さまとのデートなのだ。

 デート自体は何度も行っているが、毎回胸をときめかせてしまう。

 春の宮に近い小川でのピクニック。

 花畑ではしゃぐ旦那様と、花冠を作った事もある。

 何度、幾度、デートをしても、飽きはこない。

 それどころか、旦那さまへの想いが募るばかりだ。


「お姫さま、どうぞ!」


 日差しが陰った。

 見上げれば、レティシアナに合わせたラフな恰好をした龍王が微笑み、日傘を差し出していた。

 まるで、王子さまのように似合う。事実、王族なのだが。


「まあ、ありがとうございます」


 頬を染めお礼を言うレティシアナに、龍王はへにゃりと笑う。


「うんうん、良いんだよ。こんなに可愛いレティシアナが日焼けしたら、悲しいもんね」

「日焼けは、気にしなくても……」

「良いの! 気分の問題!」


 上機嫌に笑う龍王に、レティシアナも嬉しくなる。

 最近、よく考え込むようになった龍王をレティシアナは案じていた。

 レティシアナのそばに居る時は安らいだ顔をしてくれるが、執務に行く時には厳しい表情を浮かべている事も多い。

 そんな旦那さまが、笑ってくれた。

 それだけで、とてつもない幸福感に満たされる。


「ふふ、旦那さま。日傘はわたくしが持ちますわ」

「ん? 今日の俺はレティシアナの世話を焼きたいから、俺が持ちたい」

「あらあら」


 困ったように笑うレティシアナだが、彼女は龍王の願いに弱い。

 それにうきうきとした様子の龍王に、水を差すのは憚られた。


「では、わたくしを日差しから守ってくださいね?」

「もっちろん!」


 微笑み合い、二人は歩き出した。

 向かう先にあるのは、市と呼ばれる露店通りだ。

 ここは、春の宮と王宮を繋ぐ道にある。

 つまり、王宮に仕官する者たちや宮仕えの侍女も多く利用する場所なのだ。

 因みに、龍王と春の宮に仕える者だけが使える道もあり、龍王は毎朝そこから王宮に向かっていた。


「まあ、今日は屋台もあるのですね」

「うん。串焼きや甘味もあるよ。もうすぐ収穫祭があるから、そこに出す為の試食を兼ねているんだ」

「串焼き……」


 見るからにそわそわするレティシアナへ、龍王は愛おしさを込めた眼差しを向けた。


「気になる?」

「えっ!」


 何故分かったのだろうと、レティシアナは目を瞬かせる。


「で、でも。串焼きは、その上手に食べられるか、自信がありません」


 王侯貴族の子女は、礼儀作法を厳しく学んでいる。

 人前で大きく口を開けて食べるのは、どうしても恥ずかしく感じてしまう。

 だが、串焼き……。

 恥ずかしさと欲望に揺れるレティシアナに、龍王が囁く。


「俺が、食べさせてあげようか?」

「旦那さま、が?」


 何故だろう。

 旦那さまのルビーのような目に、熱がこもっているような。

 色気を感じる。

 話題は串焼きなのに、だ。


「少しの間、持ってて!」

「あ、は、はい」


 日傘を受け取り、レティシアナは軽やかに走る龍王の背中を見つめた。

 人混みをひらりひらりとかわし、あっという間に串焼きの屋台の前まで辿り着く。


「すごいわ。旦那さまは身軽なのね」


 感心するレティシアナは、屋台の主人とにこやかに話す龍王に尊敬の眼差しを向けてしまう。

 同じことをしても、レティシアナならあっという間に人混みに呑まれてしまうだろう。

 デートの日は、護衛はつかない。

 危険から遠い場所だとはいえ、何が起こるか分からないのだ。

 レティシアナは気を引き締めた。

 人混みにはひとりで入らない、絶対に。


「たっだいまー!」


 ひょいっひょいっと、踊るように人混みから飛び出した龍王は、実際にレティシアナの前でくるくると回転した。あまりにも楽しそうだ。

 手には、いいにおいのする袋。


「あの親父さん、良い人だねー! 愛する妻に食べさせたいって言ったら、オマケを付けてくれたんだ!」

「申し訳ないわ」

「良いんだよ。こういうのは、商売を円滑にするのに大切だ。それに、また行きたい気持ちになるからね」

「そうなのですか」


 箱入り娘のレティシアナには、実感できない話だ。

 だけど、市にいる人々の笑顔は眩しいほどで、旦那さまの言っていることは正しいのだと思う。


「よし、じゃあ。あそこの空いている長椅子に行こう!」


 見れば、噴水の近くにいくつかの椅子がある。


「早く、早く!」


 うっきうきの龍王はレティシアナの手を握り、噴水の方へと急かす。

 何かあるのだろうかと、レティシアナは不思議に思いついて行く。


「さあ、お姫さま」

「ありがとうございます」


 龍王に促され、レティシアナは長椅子に座る。

 すぐに龍王も腰をおろした。


「へへへ」


 わくわくと袋を開ける龍王。

 もしや、串焼きとはそれほどに美味しいものなのだろうか。

 ごくりと、レティシアナは真剣な顔をした。


「待っててね。今、用意するから!」


 取り出した串焼きを、膝に乗せた厚い紙ナプキンの上で取り分けていく。

 ほかほかと湯気の立つのは、鶏肉を焼いたもののようだ。

 タレと脂が滴る。

 お、美味しそう……!

 レティシアナの期待が上がっていく。


「うんうん。はい、レティシアナ!」


 串の先端に肉を一つ刺して、龍王はレティシアナに差し出した。

 レティシアナは受け取ろうと、手を伸ばす。

 しかし、さっと串が遠ざかる。

 更に手を伸ばすが、どんどん離れていく串。

 むうっと、レティシアナは小さく口を尖らせた。

 子供っぽい仕草だが、たぶん旦那さまのが移ったのだ。


「旦那さま! 意地悪しないでください!」

「いやだなあ。俺が意地悪するわけないでしょ。レティシアナには優しくしたいもん」

「でしたら……」


 文句を重ねようとしたら、すっと再び目の前に串が。

 お腹を刺激するにおいに、レティシアナはまた手を出そうとした。

 だが、それよりも早く。


「はい、あーんして」


 という、甘やかな響きのある龍王の言葉が。

 龍王の顔を見ると、うっとりとレティシアナを見つめている。


「じ、自分で、食べます」

「駄目だよ。レティシアナには難しい。だから、俺が食べさせてあげるの」


 確かに先ほど、龍王はそう言った。

 だが、レティシアナは龍王が食べやすくしてくれるのだと解釈していた。

 こんな優しく、甘い声、潤んだ目で、見つめられてのものだとは予想もしていなかった。

 レティシアナは、何か言わねばと必死に考えたが、龍王の愛しかない眼差しにとうとう観念した。

 ぱくりと、龍王が差し出したお肉を口にする。

 口に広がる、深い甘みのあるタレと柔らかい肉の味に、レティシアナの頬が緩む。


「美味しい」

「でしょう? さあ、もっと食べて」


 甘く囁かれる声に従い、またひと口、ひと口と食べていく。

 幸せなほどに、美味しい。

 にこにこと笑うレティシアナに、龍王は大満足だ。

 ふと、レティシアナは気づく。

 自分ばかり食べていて、旦那さまは何も口にしていない。


「旦那さま、わたくしばかりは駄目です!」

「えー。レティシアナが幸せなら、それで」

「駄目、です!」


 レティシアナは、余っていた串を取り龍王がしたようにお肉を刺した。

 そして、龍王に向けた。


「はい! 旦那さま、あーん」


 レティシアナ自身が何度もやったので、何の躊躇いもなかった。

 不思議と羞恥はない。


「えへへ」


 龍王は相好を崩して、レティシアナからの肉を食べた。

 ふふふと、満面の笑みで咀嚼していく。


「さあ、どんどん食べてください」

「うん!」


 龍王はへにゃへにゃになってしまうほど、だらしなく笑う。

 しかし、どんな表情をしても、彼の美しさは損なわれない。


 周りにいるのは龍王からの信を得た者ばかりなので、そろそろ新婚から抜ける時期なのに、いつまでも仲睦まじい二人を微笑ましく見守っていた。


 ひと前で睦み合ってしまったことに気づき、羞恥にレティシアナが真っ赤になるのはもう少し後である。


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