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池の中の王国 04

朝食の後で池に向かったのだが、日はまだ高い。

ケーキハウスの前では、ミルさんが待っていた。


「まおーさまー、おはやいー、おかえりなのー。

ごぶじでー、よかったのー」


「ただいま、ミルさん。特に変わったことは…」

言いかけて気付いた。

新たな気配がする。


「お客様、かな?」

「わたしのー、おともだちがー、きたのー」


ミルクハウスの扉が開き、静々とウシが出てきた。

ジャージー、ブラウンスイス、ガーンジーの三頭だ。


「ようこそ、いらっしゃい。

…ミルさん、お友達にも話せる魔法かけた方がいいのかな?」

「かけてもー、あんまりー、しゃべらないとー、おもうー」


ミルさんは必要があれば、自分が通訳すると言うので任せることにする。

そして、さっそく通訳してくれた。


「まおーさまのー、にわのー、すみにー…」

「住みたいんだね。三頭くらいなら大丈夫だろう。歓迎しよう」

「ありがとー、なのー」

三頭も、ゆっくりと頭を下げてモーと鳴いた。


「ミルさん、他にもお友達が来る予定はあるのかな?」

「いまのとこー、ないのー」


今のところ、か。若干の不安はあるものの、まあ、何とかなるだろう。


アルジャンの肩に乗って戻って来たリムが

「おや、素敵なミルク牧場になりそうですね!」

と、相変わらずのご機嫌ぶりで言った。


イリスを地面に下ろすと、新しい住人と触れ合うために走って行く。

うん、牧場主の妻に相応しい行動力だな、イリス。



食事は要らないと言ったアルジャンだが、紹介も兼ねて昼食に誘った。

いろいろ勧めてみたがスイーツを口にした時、彼の表情が変わる。


「これは! 天国の食べ物ですね!」

「おくちにー、あってー、うれしいのー」

「おお、女神よ! 元悪魔の私めに天国の食べ物を与えてくださるとは!」

アルジャンはミルさんの前で跪いた。


食事の支度を手伝った妖精侍女は、三文劇場に巻き込まれるつもりは無いらしい。

微妙に距離を取った。


私には、彼の言葉が少しひっかかった。


「アルジャン、元悪魔って?」

「魔王様の配下になりましたので、悪魔ではなくなりました」


更に気になったことを訊いてみる。


「私の寿命が来たら、君はどうなるのかな?」

「魔王様のもとで命を永らえましたので、貴方の寿命と共に私めは消滅いたします」

「そうか…」


しんみりした私に気を遣ってくれたのだろう、アルジャンが言う。


「私めの見たところ、魔王様は千年の寿命をお持ちです」

「千年は…長いな」

「はい、長いです」


アルジャンは優しく微笑む。

悪魔的な意地の悪さなど、少しも持ち合わせていないようだ。


そういえば、彼の魔法も見事だった。


「アルジャン、こき使って悪いけど、今度、魔法を教えて欲しい」

「私めは魔王様の僕の身。いかようにもお使いください」


小さな池の中に、広い城下町を作っていたのも凄かったな。


「あれは、結界の中に入ってきた魔王様たちをアマガエルと同じ大きさに、小さくしただけなのです」


池の広さとカエルのサイズを思い出し、なるほどと思った。


「カエルサイズの目線で見たから、広い場所だと思えたわけだ」

「左様でございます。もしもお望みであれば、この森に、魔王様の王国を造ることも出来ますが…」

「はは。私の王国か。面白そうだけど、今はいいかな」


アルジャンは、その返事を予見していたという微笑みで応えた。



王城の玉座など、私は欲しくはない。

傅かれる生活も御免だ。


イリスも自分の手で出来ることが増えて、楽しそうだ。

お茶を一杯淹れることさえ、嬉しそうにやっている。



私も幸い、世界から魔王らしい活躍は期待されていないようだ。

見た目も状況も、魔王城主というより牧場主。

そして、牧場の土地は借地だった。


「うん、いつか、この森全体の地主になれたら、考えてみるかな」

「魔王様のお心のままに」


そろそろ、借地の更新時期だ。もう少し広く借りられないか大家さんに交渉してみよう。



ミルさんに、明日、大家さんに持っていくお土産を作ってくれるよう頼んで、午後からはアルジャンとともに母屋を改築することにした。


ミルクハウスにはウシ族レディたちに住んでもらうことにして、私とイリス、リム、妖精侍女、アルジャンの部屋を作ることにする。


キッチンと食堂はミルクハウスで間に合わせることにした。

母屋は三階建てにして、一階は全員で寛げるリビングだ。

暖かく過ごせるように暖炉は十分に広くする。


燃える炎を眺めるのも、気持ちが落ち着く。

目で確認して、手で薪をくべる。

そんな手作業も残しておきたい。


二階には、妖精侍女とアルジャンのための個室が四つ。

一応、予備の客間も一つ。


アルジャンは部屋など要らないと言うが、常に働かせっぱなしでは気が引ける。

いざという時は頼らねばならないのだ。

私の気休めになるからと個室を受け取るよう命令した。


彼はまた泣いた。

「悪魔でなくなったせいか、涙腺が緩くなって…申し訳ございません」

好きなだけ泣けばいいさ。


三階は、私とイリスのためのフロアだ。

寝室用の個室が二つ、私の研究室兼作業場、小さいリビング。


リムにも部屋が要るか訊いたが、どこでも寝られるからいい、と言われた。

二人暮らしの時も、棚の上や机の上で好き勝手に過ごしていたし大丈夫だろう。


棚の上が埃だらけだから掃除しろと、何度も小言を言われたのを思い出す。

『魔王様! 魔王たるものきちんとした暮らしをしなくては!』

…リムの魔王像って、どうなっているのだろう?


一人暮らし向きの小さな家を三階建てに改築するのだし、最低でも数日かかると思っていた。

だが、過酷な状況で鍛え抜かれたアルジャンの省魔力モードが凄い。


主の魔力の十分の一まで使える、と言っていたが、そもそも同じ作業をしても、彼の魔力消費量は私の十分の一以下だ。

彼は私の魔力の一割弱で、私が自身で全魔力を使ったのと同じ仕事が出来ると言うわけだ。


もし、彼と戦えば、九割の私と全力の彼ということになり私が負ける。

…同じ戦闘能力があったとして、の話だ。

森にいた危険な動物しか倒したことのない私が、元悪魔に太刀打ち出来るはずもない。

前提に無理があり過ぎた。


どうでもいいことを考えている間に、私を瞬殺できるであろう元悪魔は三階建ての母屋を作り終えてしまった。


「アルジャン、カエル王国も君のデザインか?」

「はい、左様です」

「君はセンスがいい」


イケメンスマイルが返って来た。

手直しする箇所が見つからない。


ミルさんのミルクハウスは、彼女の趣味でだいぶメルヘン寄りだ。

それと並べても違和感の無いバランスを取りながら、ちょっと男心をくすぐるような…

私の好みをわかっている、という出来だ。


「実は、魔力の繋がりが出来ていますので、魔王様のことはかなり理解しております」

「…考えてることも筒抜け、とか?」

「…プライバシーを侵害しないよう、心がけております」


気遣いに感謝する。


「しかし、三階建て分の木材、よく足りたな」

「不足分は、持ち主のいない山などから拝借しております」

「…それは、間引いたほうが山のためになる感じの所から?」


アルジャンは少し目をそらした。


「今後は、留意いたしましょう」

「ああ、頼むよ」


配下の監督は、主人の仕事だな。妙なところで面目躍如だ。


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