池の中の王国 01
夕食を楽しんでいると、扉を叩く音がした。
「夜分に失礼いたします。
怪しいものではございません。どうか話をお聞きくださいまし」
思わず、リムの顔を見た。
「はいはい、確かに怪しい気配はいたしませんね。
魔王様、お嫌でなければ、お話をお聞きしてもよろしいかと…」
お嫌ではないが、少しは面倒だなと思いつつ、ドアを開けた。
そこには大人の女性が三人いた。
「あの、私共、妖…人探しをしておりまして。
本来なら野宿をするところなのですが、こちらの灯りを目にいたしましたものですから…
今夜一晩、玄関の横でも構いませんので、屋根をお貸しいただけませんでしょうか?」
リムを見れば、黙って頷いている。
ミルさんもなぜか頷いている…ああ、食事も勧めろということか。
「どうぞ、入ってください。
丁度、食事中だったので、よければ召し上がりますか?」
「…よろしいのですか?」
「ええ、どうぞ」
「「「ありがとうございます!」」」
「実はこちらから、とても美味しいそうな香りがしたので、厚かましくもお訪ねした次第で…」
奥から新しい皿とカップ、カトラリーを持って、イリスが戻って来た。
「こちらを使ってくださいね。今、お茶を…」
「「「姫様~!!!」」」と三つの悲鳴が上がった。
「え?」
姫様と呼ばれたイリスはキョトンとしている。
「よくぞ、ご無事で!」
「心配しておりました!」
「花畑から、姫様の入った蕾が消えたのを見て、もうどうしようかと…」
「あの? あなたたちは?」
イリスの戸惑いに、三人は我に返ったようだ。
「これは、申し遅れました。
お初にお目にかかります。私どもは妖精姫様のお世話をする妖精侍女にございます」
そう言うと、三人は姿はそのままに魔法の気配をまとった。
魔王になってから魔法の気配に敏感になった私には、普通の人間よりも透明感のある姿に見えた。
「長いお話になりそうですし、先に腹ごしらえをなさっては?」
「いっぱいあるのー、たりなければー、ほかんこにもあるのー」
相手が妖精と知り、普通のヘビとウシの振りを止めたリムとミルさんが話しかける。
普通のヘビとウシが、室内で一緒に食事しているシーンが既にレアだったことは過去の話だ。
それはさておき、なんだかんだで詳しく聞く暇が無かったイリスのことがわかるかもしれない。
彼女たちは、もてなすべき客人のようだ。
「あなたたちの大切な妖精姫の作った食事ですよ。
まずは食べましょう」
「姫様が…」
「まあ、なんと」
「ほんの短い間に、素晴らしいお仕事を覚えられて…」
感涙に咽んで、食事も喉を通らないのではないかと心配したが、三人とも実によく食べる。
食事が終わり、少し寛いで話したいが、まだ母屋は改築途中。
どうしようかと考えていると、ミルさんが提案してくれた。
「まおーさまー、ほかんこにー、ぜんぶしまえばいいのー」
なるほど。それはそうだ。
「ありがとう、ミルさん」
ミルさんは、モーと笑った。
テーブルやら椅子やらを空間に放り込むと、絨毯の素材になりそうなものを出してみる。
フカフカな感触になるよう意識して、魔術で部屋に敷き詰めた。
それから、ベッドのマットレスをベースに、クッションを作ってポンポンと絨毯の上に置いた。
後は毛布をあるだけ出す。
「暖炉がないんだったな…」
「空気を暖めるなら、わたしが出来ますわ」
私の呟きを拾った、妖精侍女の一人が申し出てくれた。
彼女が魔法を使うと、春のような暖かさで部屋が満たされた。
「これは、すごい。ありがとう」
妖精侍女は、優しく微笑んだ。
イリスが手でする仕事を覚えるように、私も魔法で出来ることが何なのか、もっと考えてみなければいけないようだ。
などと考えていたのを察したらしいリムに言われた。
「みんなで、出来ることをちょっとずつ、すればよろしいんですよ」
大所帯の未来が見えた気がした。
「妖精は、特別な花畑の花の蕾から生まれるのです。
この世界とは違う次元の、外部から侵入される心配のない、護られた花畑なのです」
「前の妖精女王様がいらっしゃらなくなったと同時に、言い伝え通りに妖精姫様の花が蕾を持ったのです」
「ふっくらとして、すぐにもお生まれになりそうだったのですが…
それから百年も、姫様は蕾の中でお眠りでした」
「それが、少しずつ花が揺れるようになり、欠伸をなさる声が聞こえるようになり、もう少し、と思っていましたら、ある日」
「「「蕾が無くなっていたのです!」」」
「「「姫様~、申し訳ございませんでした~」」」
三人の妖精侍女が、イリスの前に並びひれ伏した。
「…あなたたちのせいではないと思うの。お顔を上げて?」
「「「ああ、姫様がお優しい~」」」
「イリス、森で会う前はどうしていたんだい?」
「気が付いたら、お城のお部屋にいて、王子様にプロポーズされていたの」
「え!?」
いきなり衝撃の告白だ。
なんだって!? どこのどいつだ?
「でも、嫌だったから断り続けていたら、ある日、お城から放り出されて、それでアルマンに会ったの…」
嬉しそうに頬を染める。
そんな可愛いイリスとは裏腹に、リムは溜め息をついた。
「お生まれになる寸前の妖精姫様を誘拐の上、軟禁。
さらには望まない求婚をした上に、森に放置するとは…
重罪、重罪でございますよ、魔王様!」
「…ああ、確かにそうだな」
だが、攫ってまで求婚したのに捨てた? どういうことなんだろう?
それに…
「城ということは、人間の城かな? この近くには無かったと思うが…」
「人間の城とは限りませんですよ。むしろ、人間ではない可能性が高うございます」
「?」
「昔は結界を張って、その中の空間に町や村を作る魔物も多かったと聞きます。
魔物の仕業なら、この森の中に城を隠した結界があるかもしれません」
リムの言葉に、ミルさんが反応した。
「そういえばー、ちかくにー、すてきなー、いけがー、あるのー」
「池?」
「おいしそうなー、くさがー、はえてるのにー、そばまでー、いけないのー」
「池、ですって? 池に城を隠す魔物ですか…
それはそれは、うふふふふふ…」
リムの様子がおかしい。何やら怪しく上機嫌だが…
「明日、明るくなってから池に行ってみよう」
私はリムを見ないようにして、宣言した。
結局、その夜はそのまま皆で雑魚寝することになった。
魔王になってから、ほぼ雑魚寝…
考えてみれば新婚なのに。
しかし、私の隣で安心したようにスヤスヤ眠るイリスの寝顔を見たら、不満などあるはずもなく。
毛布を掛け直してやり、私も眠りについた。
翌朝、ミルさんの言っていた池に向かった。
確かに近い。いつもの散歩道から、少しだけ外れた場所にある。
イリスを見つけた場所は、散歩道と池の中間ぐらいだ。
「ミルさんは、側まで行けないと言ってたな」
今日は、ミルさんには留守番を頼んだ。
それと妖精侍女のうち、一人だけは家に残ってもらった。
ミルさんは家の勝手がわかっているし、万一、誰か来た時は人型をしている妖精に相手をしてもらえる。
人数が増えると、こういう時は都合がいい。
池のほとりには、いろいろな草花が生えている。
きっと、この中にミルさんのお気に入りがあるのだろう。
花の咲いた草に手を伸ばしてみる。
結界に弾かれるのかと、恐る恐るだったが…
「あれ? 触れる…」
「そうでございましょうね」
リムは当たり前、という口調だ。
「この森で、魔王様より魔力が強いものなどおりませんよ」
「そうなのか?」
「まあ、全世界でも、ほとんどいないでしょうが」
「そうなのか!?」
「…魔王様は魔王様なのですよ?」
何言ってんの、この人はという口調になってるぞ、リム!
「コホン。…それはともかく、結界を張った者より魔力が強ければ、簡単に中に入れます。
結界を壊すことも出来ますが、そうすると中の魔物を一瞬で殲滅しかねないので、それは後の楽しみにとっておきましょう」
え、それは楽しいのか?
「ささ、皆さん。魔王様に触れながら一緒に中に入りましょう。
魔王様、イリス様を抱き上げて差し上げてください」
少し屈むと、イリスが微笑んで腕の中に入ってきた。
その顔を見ていると、リムの不穏な発言もどこかへ消えていった。