一の姫と森の魔王 04
「私が魔王?」
「そうですそうです。魔王様は魔王様になられました!」
リムは、なぜか得意げだ。
「古来より、魔王様は我々魔族の十三種の代表が選ぶものなんです。
十三種とはヘビ、ウシ、サソリ…後は何だっけ?
まあ、ともかく十三種の代表の過半数、七代表が推した方が魔王様になります」
リムは、ヘビ族の王様らしい。
「ヘビの王様と言っても、昔ほど偉くありません。
他の種族とのトラブルの仲裁とか、あとは連絡係みたいなものですね。
で、そんな私が推したのが、アルマン様です」
初めて知る事実…
「私が七種の代表の推薦を集めたのか?」
「いいえ」
リムは言い切る。
「アルマン様を推したのは、ヘビ族の私とウシ族のミルさんですね」
ミルさん? 誰?
「アルマン様が搾乳機を作ってあげた乳牛です」
へーって、ん?
「彼女、たいそう貴方に感謝しておりまして。
是非是非、魔王様に推薦したいと常々言っています」
「そうなのか…」
だが、二代表なら数が全然足りない。
「あの…」
イリスが小さな声を上げる。
「わたしが原因なんです。
魔王が決まるための、特別ルールがあって。
妖精女王の夫は、一代表が推薦していれば即魔王に決定なんです…」
「そうですそうです。
この世界では、少しずつ魔族の力が弱くなっています。
種族の王様と言ったって、この私みたいなもの。
ちょっと、普通のヘビよりお利口なくらいです」
十三代表は廃れずに存在しているのだが、種族同士の交流が少なく、七代表の意見を一つにするのは難しいのだそうだ。
私が魔王になったのは、偶然の産物だとリムが言う。
「魔王様と言っても、名誉職みたいなもんですよ。
昔ほど強くないし、勇者に狙われることもないはずです。
あ、でも魔術の威力は上がってるので、力加減にご注意ですよ!」
「え?」
部屋が冷えてきたな、と暖炉の火を魔術で大きくしようとしていた私は驚愕した。
火が思ったより勢いづき、部屋の中まで広がりそうになっていた。
「フリーズ!」
涼やかな呪文が聴こえ、炎は一瞬で収まった。
イリスがカバーしてくれたのだ。
「イリス、ありがとう」
「いいえ。間に合ってよかった…」
と言いながらイリスは倒れてしまった。
慌てて身体を支えると、見る間に少女の姿に戻ってしまう。
「いろいろ慣れるまで、大変そうですねぇ」
リムがポツリと呟いた。
魔法は止めて、普通に暖炉の火を熾していく。
さいわい、種火程度の火は残っていた。
ゆっくりゆっくり、様子を見ながら薪を追加する。
「なあ、リム」
「はい、なんでしょう?」
「魔王になったら、寿命は延びるのか?」
「イリス様とご夫婦になったので、寿命は妖精女王と同じくらいになるはずです」
「え? そうなのか?」
「長く添い遂げられるように、ロマンチック・ルールですねぇ」
「…仲良くしないと大変だな」
イリスを大切にしよう。
やがて目覚めたイリスは自分が少女の姿のままなことを知り、ひどくがっかりしていた。
そして、私の顔を見て、いたたまれない表情になった。
「イリス、大丈夫か?」
「ごめんなさい…」
「どうして謝るんだ?」
「妖精女王は、前の女王の知識を引き継ぐから、中身は子供じゃないの。
この姿だと、なんだか、あなたを騙してるみたいで…」
「どんな姿でもイリスはイリスだろう。
それに、私の魔術の暴走を止めたせいなんだ。悪いのは私の方だよ」
「でもね、わたしは生活力もないし、せめて大人の女性の姿だったら…」
大人の女性だったら?
………いや、そっち方面は今は置いておこう。
「私だって、魔王としての自分に慣れなければいけない。
一緒に、少しずつやっていこう」
「アルマン」
「そうだな、家族が増えたんだから、魔術の練習も兼ねて家を改築しようか。
家具も増やして。暖炉も大きくしよう」
火や水なら、空気中の成分を集めて使うことが出来るが、物体を作るとなるとベースになる材料が必要だ。
幸い、住んでいるのは森。木材にだけは困らない。
加工するために魔術の微調整をしていけば、だいぶ慣れるはずだ。
「魔道具作りも、しばらく休む」
「大丈夫なの?」
「なに、引きこもりだから、お金には困っていないよ」
「でも」
「新婚旅行だよ」
「新婚旅行?」
「毎日、きっといろんなトラブルが起きて退屈しない。
この森の中で冒険するようなものだ」
「それじゃ、新婚冒険じゃないですかね?」
リムが突っ込んできた。
「冒険…素敵!」
イリスが私に飛びついて来た。
可愛すぎる奥さんを抱き上げて、なんだか幸せな気分だった。
それから私は、いつもより急いで魔術師ギルドの注文品を仕上げ、納品した。
早く持って行ったお陰で、次の注文はなかった。
私は受付の職員に、しばらく注文を受けられないと伝えた。
「旅行にでも?」
「ああ、新婚旅行だ」
「それは、おめでとうございます! …えっ?」
根掘り葉掘り質問されないうちに、素早くギルドを出る。
いくつかの買い物をして、急いで家に戻った。
家に戻ると、少女のイリスと、ヘビのリムが迎えてくれた。
それから…別の気配がした。
「リム、誰か来たのか?」
「ああ、家を大きくすると聞いて、ミルさんが敷地の隅っこでいいから住まわせてほしいそうです」
すぐそばの木陰から、そっと顔を半分だけ出した牛がいた。
綺麗なホルスタインだ。
「ああ、君がミルさん? いつも美味しいミルクをありがとう。
我が家に来てくれるなら歓迎するよ」
「まあ、あの美味しいミルクのウシさん? 触ってもいい?」
ミルさんは、静かに全身を現した。
「わあ、触り心地がいいのね。よろしくね、ミルさん」
ミルさんは大人しく、イリスに撫でられている。
「リムみたいに言葉が通じるようにしたいんだが、今、力加減が難しいんだ。
少し待っていて欲しい」
ミルさんは、黙って頷いた。
それから、木の伐採を始めたが…
とりあえず、最初の三本が文字通り木っ端微塵になったことだけ伝えておこう。
冒険初日、元の家の周りの木が片付き、地面だけは広がった。
くたびれたので食事も収納空間にあったもので済ませた。
ミルクだけはミルさんが新鮮なものを提供してくれる。
ミルさんも居間に入ってもらい、その日はみんなで雑魚寝した。
翌日はなんとかまともに木を切れるようになり、木材を積み上げていく。
その次の日は練習も兼ねて、小さな家を作り始めた。
ミルさんが住むことを想定した大きさだ。
イリスも乾燥や表面の仕上げを手伝ってくれる。
一週間かけて、なんともメルヘンなミルさんの家が完成した。
ミルさんの好みを、リムが通訳してくれたのだ。
さて、ミルさんの感想は…
「うそおー、ほんとー? すてきいー!」
木材加工やらなんやらで、私もだいぶ今の魔力に慣れた。
そこでミルさんにも、人語を話せるように魔術をかけた。
「ありがとー、まおーさまー」
「どういたしまして。
直してほしい所があれば、何でも言ってくれ」
「はいー。うれしー」
のんびりした口調のミルさんは、意外にもすぐに要望を出した。
保管庫と、バターやクリームの製造機が欲しいと言う。
「そしたらー、ケーキとかー、つくれるしー」
「ケーキ!」
イリスの瞳も輝きだした。
翌日は、ミルさんの家を更に広げた。
保管庫は扉だけをつけて、時間を止める収納空間とつなげる。
バターとクリームを作る魔道具の製造機を置き、お菓子作りのキッチンも作った。
ミルさんはお菓子作りの知識が豊富なようだ。
だがしかし、ウシなので作る方はちょっと難しい。
というわけで、手作業はイリスがやると立候補した。
少女のままのイリスは、魔法の腕は確かだが魔力が少々不安定だ。
それで、魔法を使わない時は手作業をするようになった。
普段の食事の支度も、やる気があるので、どんどん上達していく。
お菓子作りなら、さらに気力が出そうだ。
ミルさんのケーキハウスが出来上がり、イリスはお菓子を作りたくてうずうず。
家の改築については、イリスの意見はだいたい聞いてある。
そこで、大まかな作業は私一人で進めることにした。
イリスはケーキハウスへ走っていく。
翻るエプロンが……可愛い。
その日の夕方、ケーキハウスからは甘い、美味しそうな香りが漂ってきた。
今日の夕飯ぐらいはケーキでもいいか、と私は考えていた。
「アルマン、今日の夕食はケーキハウスで食べませんか?」
とイリスが呼びに来た。
「ああ、それもいいな。ありがとう」
とついて行った私は、テーブルの上を見て驚いた。
確かにケーキもあった。
だが他に、焼きたてのパンやキッシュ、ミートパイなんかも並んでいたのだ。
「すごいな。美味しそうだ」
「ほかんこにー、いろいろー、あったからー、ごはんもー、つくったのー」
「ミルさんは、うちの料理長だね」
「うふふー、まかせてー」
「それじゃ、イリス様は副料理長?」
リムがフォローに入った。
「習い始めたばかりよ。名前に負けそう…」
「いやいや、習いながらでも実際にイリスも頑張ったんだ。
とても美味しそうだな」
私が言うと、イリスはほんのり頬を赤らめた。
「…あったかいうちに食べましょう」
「私、キッシュがいただきたいです!」
「ちょっと待っててね、リム。すぐに切るから」
それにしたって、やはりよく出来ている。
「うん、美味しいな」
「ほんとー、ひめさまはー、すぐにー、おぼえてー、すごいー」
「誠に誠においしゅうございます! お替り、いただけますか?」
「イリスは料理のセンスがあるんじゃないか」
「あるあるー、まおーさまー、そのとーりー」
「もう、みんなで褒め過ぎです!」
照れているイリスが可愛い。
料理は美味いし、イリスは可愛いし、まるで天国にいるような夜だった。