すくすく育つ 03
「あんたが魔王様になって、森の魔素が以前より安定したんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。だから魔物のヘビたちも、前よりは楽に魔法が使えてるようだ」
どの時代の魔王も、そうだったのかはわからないのだが、私が魔王になった時、森中の魔素が私に集まるようになったらしい。
らしいというのも無責任だが、私としては無意識だ。
そう言われれば、常に魔素が体内を流れるのは感じていた。
ただの人間の魔術師であった時は、魔法を使う時にしか感じなかったものだ。
「無意識に魔素を取り込んで安定させるなんて、まるで聖女みたいだよな」
ジャックはガハハと笑った。
「聖女、はないでしょう」
私も笑ってしまった。
帰りは転移でさっと戻った。
リムたちは暢気にくうくう眠っている。
まったく、ヒヨコはともかく、ヘビ爺の寝姿が可愛いと思う日が来るとは。
魔王になったのと同じくらい、思いもよらないことだ。
そういえば。
「アルジャン、妖精王のところへ行ったヒヨコの様子はどうなんだ?」
アルジャンは卵を運んで以来、ちょくちょく様子を見に行っている。
オルと妃たち、ヒヨコの親には様子を報告しているようだ。
「元気ですよ。あちらは魔素が濃いので、その影響はありますが」
「どんなふうに?」
「見た方が面白……いえ、早いかと」
そういうわけで、翌日は妖精王の庭へお邪魔することになった。
妖精王の庭は魔素が濃く、慣れない者は酔ってしまう。
普段から魔術を使い慣れていないと、簡単には訪問できない。
とりあえずイリスとアルジャン、そして妖精侍女を一人伴って出かけた。
『久しぶりだな、魔王』
『ようこそ』
「ご無沙汰しています」
妖精王と古の妖精女王夫妻は、蝶の羽を付けた小さな姿なら庭から出ることが出来る。
だが、鶏の卵を届けて以来、それにかかりきりで外へは出て来なかったらしい。
「ピヨ!」
歓迎の意を感じる、可愛い声が聞こえる。
そちらを振り返ると。
「……大きくなったんだな」
「まあ、こんなに?」
妖精王の庭の中は、外とは条件が違うため実際の大きさはわからない。
あくまで見た目から言えば、ヒヨコの体高は約二メートルだ。
黄金色の眩しい二メートルの毛玉。
つぶらな瞳も……でかいな。
「まあっ! もふもふ~」
魔素が濃いので大人姿のイリスが、黄色い毛玉に半ば埋まりながらうっとりしている。
『魔王も遠慮しなくていいぞ』
お言葉に甘えよう。
イリスと反対側から、そっと触ればフカフカ~。
全体重をかけてフカモフの羽毛に寄りかかっても、びくともしない。
「他のヒヨコは?」
ここにいるのは一羽だけだ。
『でかいので、一か所に集まると動きづらいらしい。
自主的に散開している』
「まだ小さいので、不安がったりしませんか?」
『姿はヒヨコだが、彼等は達観しているぞ。
もしかして、僕より大人かもしれない。
可愛いヒヨコが行列して、僕の後をついて歩くのを夢見ていたんだ。
でも、一週間ほどで今の大きさになった。
ついて歩かれたら、むしろ怖い』
古の妖精女王は大笑いしている。
『でも、必ず一羽は僕の側にいてくれる。
良い子たちをありがとう、と魔王から親鳥に礼を伝えて欲しい』
「必ず伝えます。ところで……
この子たちは、何を食べているんですか?」
すごく気になる。濃い魔素のせいで大きな外見をしているとしても、魔素だけをエネルギーにしているのだろうか?
『よくわからないんだ。ずっと庭の奥の方へも行っているようだが、僕はあまり奥まで行かないし』
「庭のベリーを食べているとか?」
『そんな様子はないわね。
生まれて間もなくはベリーを齧ってみた子もいたけど、美味しくない顔をしていたし、その後は全く食べていないと思うのだけど』
「一度、確認してみた方がいいかもしれないですね」
『交代で僕のところにいる子以外は、庭の奥に行ってる気配なんだが』
「では、そちらへ移動しましょうか」
アルジャンが木箱に車輪を付けたような荷車を出し、巨大ヒヨコに着せたハーネスに固定する。いつ準備したんだ?
「庭の小道を行くためには、このような簡素な物がよろしいかと」
いや、豪華馬車を出して欲しいわけじゃないから大丈夫だ。
妖精王がさっさと乗り込み、置いてあったクッションに腰を下ろすと膝を抱えた。順応性が高い。
全員が乗り込むと、ヒヨコは猛スピードで走り出す。
途中で体勢が不安定になったイリスが私の腕に抱き着いた。
箱荷車、なかなか気の利いた乗り物かもしれない。
森の様に茂ったベリーの間を進んでいくと、空気が少しずつ変わっていく。
「魔素が薄い?」
『結界が破れているのか?』
やがて、庭の端に着いたのか、ヒヨコが止まる。
眼前にいるのは、四羽の巨大ヒヨコ、と……あんまり言葉にしたくはないモノたち。
「まあ、ゲジゲジ? ムカデ? サソリかしら?」
イリスがサクッと言った。
サソリは地域を選ぶが、他はその辺に普通にいる虫の類だ。
だが、問題はそれらの大きさが巨大ヒヨコに匹敵していること。
しかも、戦力的にはヒヨコの圧勝。
見た目は大決戦だが、結果は一方的捕食。
単なるヒヨコのお食事タイムである。
『あら、これをご飯にしていたのね』
古の妖精女王がさらりと口にする。
視覚的に衝撃を受けているのは、この場で私一人のようだ。
虫に強いイリスも、興味を持ってヒヨコの食事を観察している。
「ここに宰相様がいらっしゃれば、一緒に失神してくださったかもしれません」
いや、失神するほどではないけれども。
アルジャン、お前は時々意地が悪いよな。
「……結界の破れは補修しなくてもいいんですか?」
気を取り直して、妖精王に訊ねてみる。
『そうだな。ヒヨコがお腹いっぱいの時に湧いて出たら、庭が滅茶苦茶になるかもしれないな』
あまり危機感はないようだ。
「虫のエリアを新たに作って、そちらで食事してもらうようにすればいいのではありませんか?
今なら、手伝いもいますし」
アルジャンが私に視線を移す。主であるはずの私を、勝手に労働力として妖精王に提供しようとしていた。
もちろん、可愛いヒヨコたちのためなら骨惜しみしないけれども。
その後、イリスや妖精侍女も手伝ってエリアを増築した。
一番最後に、ヒヨコは通れるが虫たちは通れない出入り口を設ける。
念話で使い方を教えると、ヒヨコは嬉しそうに扉を出たり入ったりしていた。
可愛い……大きいけど。可愛い……扉の向こうの様子を想像しなければ。
「やはり、思った通りでした」
虫たちがどこから来たのか、確認しに行っていたアルジャンが戻った。
「魔王様の森と、また別の場所で繋がってしまったようです」
アルジャンによれば、妖精王の庭の結界が緩み、中に入って来た虫が魔素を浴びて巨大化したのだという。
「虫しか入れないくらい、小さな穴だったのですよ」
『これからは定期的に結界の確認をしたほうがいいな。
魔王、その時は元悪魔を貸してくれるか?』
アルジャンを見れば、面白そうだからいいですよ、と微笑む。
「どうぞ、お使いください」
私に言えるのは、そんなところだ。
その夜、居間で皆に昼間の話をしていると、リムが「申し訳ございません」と謝った。
何か、リムに責任のある部分があっただろうか?
「サソリはたぶん、ヘビの身内が好物として持ち込んだ物かと。
見つけ次第、始末させます」
「いや、大きいヒヨコの餌になっているし、いいんじゃないか?」
「森の子供たちの訓練用にも最適です。油断すると見落として刺される、という緊張感は捨てがたいのです!」
「オル殿が、そうおっしゃるのなら」
リムは、思わぬ援護射撃にホッとしていた。




