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森は魔王の冒険の庭  作者: 瀬嵐しるん
第六章

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妖精王の庭 04

満月の夜にオルと王妃たちが儀式を行うという。

場所は、妖精王の庭に通ずる大木の前。


「家具などの大きなお供え物を置く必要もありまして。

少し、地面を整えました」


アルジャンが(事後)報告してくれた。

大木の前は下草などが取り払われて、ちょっとした広場になっている。


「なかなか見られない儀式ですので、当日は広場にて集まり、祭りといたしましょう」


え? ちょっと待って欲しい。

儀式とは言っているが、要は新たな子を授かるための行為のはずだ。


魔物の生態は、ほぼ動物と同じ。

鳥族のそれは、さほど生々しくはないはずだが、正直、見物と言われると抵抗感がある。



「ドワーフのジャック様や、ギルドのレナルド様もお呼びしましょう」


「……アルジャン、それは衆目の前で行う儀式なのか?」


「衆目は必要ではありませんが……」


言いかけて、やっとアルジャンは思い至ったという顔をした。


「申し訳ございません。

魔王様の常識は、人間の一般的なものでございました」


「いや、その、こういう抵抗感は魔物には必要ないのかな?」


「抵抗感より安全の確保が大切ですからね」


それはそうだな。恥ずかしがって命を危険にさらすわけにはいかない。


「ですが、将軍様たちの儀式は月の女神に捧げるものとして伝わってきたのです。

行為と言われるものとは異なります」


まずは、一見するしかないようだ。

我ながら、気が小さいと言うか……

妖精王に『生まれたての魔王のくせに』と言われたことを思い出す。


赤ちゃん魔王は、まずは経験値を貯めねばならぬようだ。


「赤ちゃん魔王……可愛らしいですね」


アルジャンに可愛いと言われても、ちっとも嬉しくない。

そう思ったら、珍しく彼が意地悪そうに笑っていた。



次の満月の夜。

夜空は一面、薄い雲で覆われ、正中の月は朧に見えていた。


四羽の母鳥は、年齢の若い順に選んだそうだ。

妖精王夫妻が、どの鶏も可愛らしいから品種は問わないと言ったので、先輩の雌鶏が経験を積むためにも若い者に任せたい、という意見を通した。


祭りと言われて賑やかなものを想像していたが、違った。

オルたちの邪魔にならない場所に椅子とテーブルが用意され、喉を潤すための弱い酒と軽食が一人分ずつ置かれた。


テーブルに着いているのは七人。

私とイリスと三人の妖精侍女、そしてゲストのドワーフのジャックに獣人のルナルドだ。


ミルさんやメリーさん、それにリムたちは留守番を申し出た。


テーブルの隣にはラピッドがいて、妖精王と古の妖精女王は左右の枝に蝶の姿で腰かけていた。


私たちの前には、儀式に参加しない雌鶏たちが勢ぞろいしている。

特別な夜なので、アルジャンがいつもより強固な結界を作り、森を守ってくれているのだ。


会場の準備をし、森の警備をしている元悪魔は、涼しい顔で給仕人よろしくテーブルの傍らに立って、あちこちに目配りをしていた。



オルと四羽の若い妃たちは、すでに広場の真ん中で待機している。

月の薄明かりで見える姿は静かで、まるで呼吸さえしていないかのようだ。


風のない夜だった。

月を隠す薄雲は、流れていく様子もない。


オルが静かに身体を起こし、一声鳴いた。

その声を合図に、一瞬で彼らの頭上の雲が消え去り、眩しいほどの月明かりが射す。


オルが羽ばたき、真上に飛び上がる。

月にも届きそうなほど高く。


王冠のごとき鶏冠。ローブの裾を引くような長い尾。

逞しくも優美な体躯。

王の品格を漂わせる、その姿の美しさを見せつけられる。


光と影が織りなす舞踏。

一羽の雄鶏と、四羽の雌鶏。

無言のリズムと、無音の調べ。


この舞台を作り上げているのは、踊り手たちだけではない。

月の光が彼等を導き、そして誘う。


踊りを見つめる私の心は、天上に連れ去られてしまう。

月の光に囚われ、雲海の上で、ひたすら舞踏の世界に埋没する。


我に返った時、オルたちは動きを止め、深く頭を垂れていた。




『素晴らしいものだな』


ようやく口を開いたのは妖精王だった。


「お褒めにあずかり、光栄に存じます」


私は何も言えなかった。

感動と称賛は、溢れかえっているが、それを表す言葉を知らない。

後で、気持ちを整理してから伝えるほうがいいだろう。


なぜなら、雌鶏たちがオルに向ける熱い思いに、すっかり負けそうだからだ。


普段、オルに塩対応の妃たちは、恍惚としていた。


その中で六羽の小隊長がフルフルと頭を振っている。

どうやら、正気を取り戻したようだ。


『今夜は三羽編成、二小隊をもって哨戒に当たります』


『よろしく頼む』


いつにも増してピシッと敬礼した彼女らは、森の中に駆け込んでいく。



「いやあ、いいもの見せてもらったな」


「ああ。誘ってくれてありがとう」


ジャックもルナルドも大満足のようだ。

ルナルドに至っては、思わず出たらしい耳と尻尾を慌ててしまっている。


「遅いし、泊まってもらってもいいが……」


「お、じゃあ、お言葉に甘えるかな」と言うジャックに対し


「娘が朝、寂しがって泣くことがあるから帰るわ」とルナルド。


ジャックをアルジャンたちに任せ、私はルナルドを町まで転移で送った。


ミルさんから預かったお土産のスイーツやパンを渡せば、笑顔が返って来た。


「ありがとう、娘も妻も喜ぶ。ミルさんや皆に、お礼を伝えてくれ」


「ああ、伝える。おやすみ」



家に戻ると、庭園のほうに明かりが見えた。


「よう、魔王様。お先に頂いてるよ」


「おかえりなさいませ」


上機嫌で酒を飲むジャックを、テーブルの上のリムがもてなしている。

ドワーフが好みそうな、ガッツリ系の料理がいろいろ並べられていた。


「ただいま。月見酒とは洒落ているな」


「母屋は女子会なのでございます」


リムが答えた。

イリスと妖精侍女たちが、留守番組相手に儀式の素晴らしさを力説しているのだと言う。


「なるほど」


私もテーブルに着き、ジャックと酒を酌み交わす。


「おかえりなさいませ、魔王様」


アルジャンが新しい料理を持ってきてくれる。


「ただいま。女子会はどうなっている?」


「大興奮で盛り上がっています。

お茶とお菓子を用意してまいりましたので、後は皆さんでなさるでしょう」


「そうか。いろいろ、ありがとう。

一段落したなら、アルジャンも一緒にどうだ?」


「そうですね。今夜はご一緒させていただきましょう」


そう言って、大人しくアルジャンが席に着く。

しかし早速、新しい皿に一口サイズで珍味を盛り合わせ、エキゾチックな絵付けの施された小ぶりな杯に果実酒を注ぐと、リムに勧めている。


アルジャンだって、リムを甘やかしているではないか。


「……そうしていると、元悪魔には見えないな。

まさしく、世話好きで優秀な執事だ」


ジャックが正直な感想を述べた。


「お褒めにあずかり恐縮です。自分でも、今の仕事は天職ではないかと考えております」


転職して天職に就いたわけだ。……少々、酔ったかな?

まあ、とりあえず


「天の采配に感謝をしよう」


「そして月の女神にも、だな」


「乾杯」


グラスを寄せた軽い響きが三回。

おっとリムにも、と思って彼を見れば、目を瞑ってしみじみと珍味を味わっていた。




結局、その夜、オルと十八羽の妃たちは帰ってこなかった。


そして一週間後。

生まれた特別な卵は十個。


……なるほど。儀式は儀式だったわけだ。


アルジャンと目が合うと『そういうことでございます』と微笑まれた。

オルの気合に妃たちが本気で応えた、ということか。


十個の卵のうち、儀式に参加した四羽の妃の産んだものは全て雌鶏だった。

残りの六個中、二個が雄鶏。

経験豊かな妃たちと、アルジャンが鑑定したので間違いないだろう。


急遽、妖精王夫妻と相談し、雄鶏の卵も一個、妖精王の庭の住人とすることになった。


無事に卵は運ばれて行き、アルジャンは毎日、様子を見に行っている。



そして、こちらに残った五個の卵は、妃たちが交代で温めている。

五羽のヒヨコが孵れば、また一段と、我が家も賑やかになりそうだ。


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