妖精王の庭 03
すっかり春めいて来た今日この頃。
時々、二人の妖精が遊びに来るようになった。
彼等は、花蜜をくれた妖精たちとは明らかに違う姿をしている。
花蜜の妖精たちは、モンシロチョウ的な羽だったが、それより確実にゴージャス。
アゲハチョウの羽だ。
しかも、黒の縁取りの中にステンドグラスのような多彩な色を配した上に、金粉で仕上げている。
……ハッキリ言って目立つ。
大きさも、他の妖精の倍ほどある。
その正体は皆、分かっているのだが、知らんふりをすることにした。
最初に家の中に入ってきたときに、私が挨拶のために口を開きかけたら
『勝手に邪魔するから、挨拶はいらない』
と、妖精王に言われたのだ。
古の妖精女王は、隣で苦笑していた。
妖精王と妖精女王と呼んではいるが、今ここでの二人は小さな恋人たち。
……いや、小さな新婚さん?
遊びに来ては、家の中や生活の様子を観察していく。
特にじっくりと見ている調度は、気に入ったものなのだろう。
二人で何か話しながら飛び回っていた。
時には顔を寄せて、クスクス笑っている。
何万年ものブランクは飛び越えたようで何より。
それをさり気なく観察しているアルジャンが、食器やらティーテーブルやら椅子やら、可愛らしいチェストやらを造っては、例の木の洞に置いてくる。
ミルさんのスイーツと、メリーさん発の織物で作った揃いの服も。
木の洞に、お礼らしきベリーが置かれていることがあり、その度、アルジャンは真面目に私に報告する。
妖精王の庭のベリーは、果物ではなく薬だ。
「現代の植物や生物に、悪影響の無いように頼む」
「では、先ずは私の収納空間で検証します」
アルジャンは、植物の知識があるミルさんに相談しつつ、調べ始めた。
その結果、ほとんどのベリーは魔素の薄い空気の中で育つと、薬としての効能も毒性も弱くなってしまう、ということだった。
となれば、わざわざ栽培する必要もないので、アルジャンの死蔵品目録に加わることとなった。
『死蔵品じゃありません。私の宝物です』
わかった。私の言い方が悪かった。
そんなこんながありつつも、妖精王夫妻の訪問は続いた。
家の中を十分に堪能したらしい彼らは、今度は家の外を見回っている。
アルジャンが家の周りに作ったのは畑だけではない。
暖かい季節に合わせて、お茶を楽しむための庭園も整えてくれた。
「ミルさんの至高のスイーツを頂く場所に、手抜きがあってはなりません」
とばかりに、蔓薔薇のアーチになった入口や、小さめなのが逆に上品な噴水、『どこの城から持ってきた?』と素人にも考えこませるオブジェなどを見事に配置して、なかなかのものを作り上げた。
それは素晴らしいのだが、生け垣に囲まれた外観と内部の広さが合っていない。
例のカエルの王国の手法を用いているようだ。
別に咎めるようなことでもないが、つい彼の顔を見てしまった。
「たまには外の空気にあてて、虫干しをしたいものがたくさんありまして」
おそらく、彼にしてみれば最低限の物しか出していないのだろう。
「そうか。見事な庭だな」と言うしかない私に、彼は応えた。
「定期的にオブジェを入れ替えますので、お楽しみに」
きっと入れ替えごとに、ガラリと様子が変わった庭が出来上がることだろう。
それはさておき。
妖精王夫妻の目下の興味は、その美しい庭園、ではない。
アルジャンの趣味がどれだけ良くても、妖精王の庭の、宝石にも勝る輝きを誇るベリーの実には敵わない。
彼等の視線の先にいるのは、艶々モフモフ、ふかふかのオル将軍&雌鶏軍団だった。
妖精王たちが近づくと、鶏たちは礼儀正しくお辞儀をする。
『ねえ、背中に乗っても構わないかな?』
「どうぞ、遠慮なくお乗りください」
とオルが答えれば、雌鶏たちもこっくりと頷いた。
妖精王はオルに乗り、妖精女王は一番大きな雌鶏を選んだ。
『まあ、素敵! 本当にふかふかなのね』
『温かくて眠くなりそうだな』
二羽の鶏は庭をゆっくりと一周して戻って来た。
『あのさあ……頼みがあるんだけど』
妖精王から私に相談があるらしい。
お茶のテーブルの側でトレントのラピッドに巻き付いていたリムが、気を利かせた。
「オル殿、奥方も、こちらへどうぞ」
そう言って、自分はラピッドからススっと降りた。
妖精王夫妻を乗せた二羽が鮮やかにジャンプして、ラピッドの両の枝に止まる。
目線が近くなって、確かに話しやすい。
「リム、ありがとう」
「どういたしましてでございます」
お手柄のリムはイリスに手招きされ、彼女が自分の皿から切り分けたキッシュをあーんしてもらっている……羨ましい。
『……話を始めてもいいかな?』
「失礼しました。どうぞ」
妖精王に気を遣わせてしまった。
『僕の庭にも、鶏が欲しいんだけど、どうかな?』
「それは……オルたち次第かと」
オルを見れば、少し震えているようだ。
「オル?」
「申し訳ございません。あまりに名誉なことなので……」
妖精女王を乗せた雌鶏も、下に控えている軍団も、若干冷たい目でオルを見ている。
その視線を感じて、オルは姿勢を正した。
「私どもの子でよろしければ、ぜひ、妖精王様の庭へお連れ下さいませ」
雌鶏軍団も全員で力強く頷いた。
『本当にいいの?
魔素の濃さが違うから、君たちは庭に来るのが難しいし、子供たちは一生庭から出られないと思う……』
「血肉を分けた子と言えど、分かたれてしまえば別の生き物。
幸あれと願いこそすれ、その幸は彼等が自ら手にするもの。
そして、孵る前から主を頂けることは、我ら戦う定めの鶏には、これ以上ない幸せでございます」
うむ、よくぞ噛まずに言い切った! と若干上から目線ながらも、雌鶏軍団はオルに賞賛の眼差しを向けている。
『そうか、ありがとう。大事に育てる。
それで……二羽以上、出来れば四羽欲しいんだ』
「では、次の満月の夜から七日後にお届けいたします」
『うん、楽しみにしてる』
「あの、少しよろしいでしょうか?」
アルジャンが控えめに割り込んだ。
『どうしたの? 元悪魔』
「よろしければアルジャンとお呼び捨て下さいませ。
将軍と奥方のお子を運ぶ役目を、私めにお任せいただけませんか?」
『僕たちは構わないけど、魔王はどうなの?』
アルジャンは妖精王の庭を見学したいのだろう。
魔素に慣らすためには、なるべく早く産みたての状態で運ぶべきだ。
「アルジャンが適任かと思います。
この前は突然だったとはいえ、私などはただ落ちていってしまいましたし。
大事な卵に万一のことがあってはいけない」
前に、オルが言っていた。
子孫を残すための産卵は特別なことなのだ、と。
『そうか、じゃあ、頼むよ。アルジャン』
「承りました」
それからアルジャンは、卵の周りに結界を張って、保温をしつつ少しずつ魔素の濃さに慣らしていくようにする、と説明した。
ふと気になって、そこにいる小隊長に訊いてみることにした。
『孵すための卵と、そうではない卵とでは、君たちの思い入れは違うのかな?』
小隊長は考え込んだ。
時々、彼女たちが産む無精卵はミルさんが食材に使っているのだ。
『普段、ポコッと産む卵は、抜け毛みたいなものでしょうか』
『抜け毛?』
『その……何と申しますか、格別、思うことはございませんので』
なるほど、なるべくソフトな表現を選んでくれたということか。
ミルさんたちのミルクや、メリーさんたちの繊維も、有用ではあるが本人にとっては特別なものではないようだ。
『妖精王たちのために産む、今回の卵とはまったく別物なんだね』
『左様にございます』
『そうか。教えてくれて、ありがとう』




