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森は魔王の冒険の庭  作者: 瀬嵐しるん
第六章

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妖精王の庭 03

すっかり春めいて来た今日この頃。


時々、二人の妖精が遊びに来るようになった。

彼等は、花蜜をくれた妖精たちとは明らかに違う姿をしている。


花蜜の妖精たちは、モンシロチョウ的な羽だったが、それより確実にゴージャス。

アゲハチョウの羽だ。

しかも、黒の縁取りの中にステンドグラスのような多彩な色を配した上に、金粉で仕上げている。


……ハッキリ言って目立つ。

大きさも、他の妖精の倍ほどある。



その正体は皆、分かっているのだが、知らんふりをすることにした。

最初に家の中に入ってきたときに、私が挨拶のために口を開きかけたら


『勝手に邪魔するから、挨拶はいらない』


と、妖精王に言われたのだ。

古の妖精女王は、隣で苦笑していた。



妖精王と妖精女王と呼んではいるが、今ここでの二人は小さな恋人たち。

……いや、小さな新婚さん?

遊びに来ては、家の中や生活の様子を観察していく。


特にじっくりと見ている調度は、気に入ったものなのだろう。

二人で何か話しながら飛び回っていた。


時には顔を寄せて、クスクス笑っている。

何万年ものブランクは飛び越えたようで何より。


それをさり気なく観察しているアルジャンが、食器やらティーテーブルやら椅子やら、可愛らしいチェストやらを造っては、例の木の洞に置いてくる。


ミルさんのスイーツと、メリーさん発の織物で作った揃いの服も。


木の洞に、お礼らしきベリーが置かれていることがあり、その度、アルジャンは真面目に私に報告する。



妖精王の庭のベリーは、果物ではなく薬だ。


「現代の植物や生物に、悪影響の無いように頼む」


「では、先ずは私の収納空間で検証します」


アルジャンは、植物の知識があるミルさんに相談しつつ、調べ始めた。

その結果、ほとんどのベリーは魔素の薄い空気の中で育つと、薬としての効能も毒性も弱くなってしまう、ということだった。


となれば、わざわざ栽培する必要もないので、アルジャンの死蔵品目録に加わることとなった。


『死蔵品じゃありません。私の宝物です』


わかった。私の言い方が悪かった。



そんなこんながありつつも、妖精王夫妻の訪問は続いた。


家の中を十分に堪能したらしい彼らは、今度は家の外を見回っている。


アルジャンが家の周りに作ったのは畑だけではない。

暖かい季節に合わせて、お茶を楽しむための庭園も整えてくれた。


「ミルさんの至高のスイーツを頂く場所に、手抜きがあってはなりません」


とばかりに、蔓薔薇のアーチになった入口や、小さめなのが逆に上品な噴水、『どこの城から持ってきた?』と素人にも考えこませるオブジェなどを見事に配置して、なかなかのものを作り上げた。


それは素晴らしいのだが、生け垣に囲まれた外観と内部の広さが合っていない。

例のカエルの王国の手法を用いているようだ。


別に咎めるようなことでもないが、つい彼の顔を見てしまった。


「たまには外の空気にあてて、虫干しをしたいものがたくさんありまして」


おそらく、彼にしてみれば最低限の物しか出していないのだろう。


「そうか。見事な庭だな」と言うしかない私に、彼は応えた。


「定期的にオブジェを入れ替えますので、お楽しみに」


きっと入れ替えごとに、ガラリと様子が変わった庭が出来上がることだろう。



それはさておき。

妖精王夫妻の目下の興味は、その美しい庭園、ではない。

アルジャンの趣味がどれだけ良くても、妖精王の庭の、宝石にも勝る輝きを誇るベリーの実には敵わない。


彼等の視線の先にいるのは、艶々モフモフ、ふかふかのオル将軍&雌鶏軍団だった。


妖精王たちが近づくと、鶏たちは礼儀正しくお辞儀をする。


『ねえ、背中に乗っても構わないかな?』


「どうぞ、遠慮なくお乗りください」


とオルが答えれば、雌鶏たちもこっくりと頷いた。


妖精王はオルに乗り、妖精女王は一番大きな雌鶏を選んだ。


『まあ、素敵! 本当にふかふかなのね』


『温かくて眠くなりそうだな』


二羽の鶏は庭をゆっくりと一周して戻って来た。



『あのさあ……頼みがあるんだけど』


妖精王から私に相談があるらしい。

お茶のテーブルの側でトレントのラピッドに巻き付いていたリムが、気を利かせた。


「オル殿、奥方も、こちらへどうぞ」


そう言って、自分はラピッドからススっと降りた。


妖精王夫妻を乗せた二羽が鮮やかにジャンプして、ラピッドの両の枝に止まる。

目線が近くなって、確かに話しやすい。


「リム、ありがとう」


「どういたしましてでございます」


お手柄のリムはイリスに手招きされ、彼女が自分の皿から切り分けたキッシュをあーんしてもらっている……羨ましい。



『……話を始めてもいいかな?』


「失礼しました。どうぞ」


妖精王に気を遣わせてしまった。



『僕の庭にも、鶏が欲しいんだけど、どうかな?』


「それは……オルたち次第かと」


オルを見れば、少し震えているようだ。


「オル?」


「申し訳ございません。あまりに名誉なことなので……」


妖精女王を乗せた雌鶏も、下に控えている軍団も、若干冷たい目でオルを見ている。

その視線を感じて、オルは姿勢を正した。


「私どもの子でよろしければ、ぜひ、妖精王様の庭へお連れ下さいませ」


雌鶏軍団も全員で力強く頷いた。


『本当にいいの?

魔素の濃さが違うから、君たちは庭に来るのが難しいし、子供たちは一生庭から出られないと思う……』


「血肉を分けた子と言えど、分かたれてしまえば別の生き物。

幸あれと願いこそすれ、その幸は彼等が自ら手にするもの。

そして、孵る前から主を頂けることは、我ら戦う定めの鶏には、これ以上ない幸せでございます」


うむ、よくぞ噛まずに言い切った! と若干上から目線ながらも、雌鶏軍団はオルに賞賛の眼差しを向けている。


『そうか、ありがとう。大事に育てる。

それで……二羽以上、出来れば四羽欲しいんだ』


「では、次の満月の夜から七日後にお届けいたします」


『うん、楽しみにしてる』



「あの、少しよろしいでしょうか?」


アルジャンが控えめに割り込んだ。


『どうしたの? 元悪魔』


「よろしければアルジャンとお呼び捨て下さいませ。

将軍と奥方のお子を運ぶ役目を、私めにお任せいただけませんか?」


『僕たちは構わないけど、魔王はどうなの?』



アルジャンは妖精王の庭を見学したいのだろう。

魔素に慣らすためには、なるべく早く産みたての状態で運ぶべきだ。


「アルジャンが適任かと思います。

この前は突然だったとはいえ、私などはただ落ちていってしまいましたし。

大事な卵に万一のことがあってはいけない」


前に、オルが言っていた。

子孫を残すための産卵は特別なことなのだ、と。


『そうか、じゃあ、頼むよ。アルジャン』


「承りました」


それからアルジャンは、卵の周りに結界を張って、保温をしつつ少しずつ魔素の濃さに慣らしていくようにする、と説明した。



ふと気になって、そこにいる小隊長に訊いてみることにした。


『孵すための卵と、そうではない卵とでは、君たちの思い入れは違うのかな?』


小隊長は考え込んだ。


時々、彼女たちが産む無精卵はミルさんが食材に使っているのだ。


『普段、ポコッと産む卵は、抜け毛みたいなものでしょうか』


『抜け毛?』


『その……何と申しますか、格別、思うことはございませんので』


なるほど、なるべくソフトな表現を選んでくれたということか。

ミルさんたちのミルクや、メリーさんたちの繊維も、有用ではあるが本人にとっては特別なものではないようだ。


『妖精王たちのために産む、今回の卵とはまったく別物なんだね』


『左様にございます』


『そうか。教えてくれて、ありがとう』


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